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私が手話を始めたきっかけは「ヒマつぶし」だった。 大学に入って何かサークルに入ろうと思っていたが お金もかけず、適当に時間もかけずにヒマつぶし程度のサークル、 と思って探していたところ、サークル費も安く、週2回の学習会 に自由参加というお気楽な形で見つけて入ったのが 「手話サークルかえで」であった。 ヒマつぶしのはずが、今となっては本来の活動を休止して、 かなり時間を割き、さらには貧乏を促進することになっている。 あの時、誰がここまではまっていくと思っていたであろうか? 健聴者の場合、多くは何かのきっかけで手話や聞こえない人に触れて、 「勉強してみたい」と思って始めるのではないだろうか。 しかし、聞こえない人が一度手話を始めてしまうと二度とやめられないのに比べ、 健聴者のその初心が続く人のあまりにも少ないこと。 やはり健聴者の場合、聞こえない人と結婚するとか、子どもが聞こえないとか とっても身近なところに聞こえない人でもいない限り、 “基本的に生活に必要ないもの”だから、始めるのが興味という点にあるなら、 興味が尽きたときには終わるのは仕方がないのかもしれない。 “健聴者はすぐやめてしまう”とぼやく人もいるが、 やっぱり前提条件が違うというところを理解しなくてはいけないと思う。 聞こえない人のように“生活手段として”ではないのである。 私のようなふざけた理由で始める人も少ないであろうが、 手話を始めて3年以上続けている人の話を聞いてみると、 だいたい始めた理由は「なんとなく」とか「友達に誘われたから」 という些細な理由の人が多いような気がする。 ボランティアでやっているとか通訳になる人を除いては、 多くはなんとなくやっている間に友達ができたりとかで なんとなく自然に自分の生活の中に溶け込んじゃうことで 続けていけているのだと思う。 この辺になるともう、聞こえない人と同じく、 人生の中に当たり前のように存在するものになっている。 そうなったら逆にやめる理由でもない限り続けていくのだろう。 私も以前は「始めた理由は何ですか?」とか聞かれて、 「ヒマつぶし」じゃ格好つかないと思って、 いろいろ理由をくっつけてみたりした時もあったけど、 別に始まりに意味はないし、格好つける必要はないわけで、 今では「ヒマつぶし」と正確に答えているし、 聞こえない人にも「あんたたちの相手はヒマつぶし」と冗談交じりに 言っている。 きっかけなんて些細なものに過ぎなくて、 始めるもやめるも自由だと思う。 でも、何でもそうなんだけど、その自由は自分だけじゃなくて、 誰かの人生に影響を及ぼし、時には喜びを与えたり、 時には傷つけてしまうようになることを覚えておいても損は ないんじゃないかと思う。 |
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