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こんかいのげんこうは こじまさんのむすめさん さやかちゃんでも よめるようにかんがえて
かきました というのはじょうだんです ではなぜ こんかいわたしは このようによみにくい
げんこうをかいているのでしょうか とちゅうでなげださず さいごまでよんでいただければ
そのこたえがわかるでしょう さーくるにきている みなさんであれば きこえないひとはしゅわいがいのこみゅにけーしょん ほうほうとして こうわ(どくしん) というほうほうが あることをごぞんじだとおもいます ひとがはなしているくちびるのかたちをよんで ことばをりかいするというものです しゅわいがいの こみゅにけーしょんといいましたが きこえないひとは にちじょうせいかつの なかで しゅわをつかうきかいなどめったになく おもだったこみゅにけーしょんほうほうとして こうわをつかってせいかつをしているのです きこえないひとは おさないころから くんれんによって こうわをあるていど つかいこなしては いますが そのむずかしさは いちどためしてみたことがあるひとならば すぐにわかるでしょう でも おおくのひとが りかいしているのは くちのかたちをよみとることがむずかしいから こうわがむずかしいというぶぶんだけです しかし こうわのむずかしさは それだけではありません それは くちがかんぺきによみとれたとしても それをことば たんごのつながりとしてにんしきしていくことが おなじようにむずかしい というてんにあります そう こんかいのこのげんこうはそこのところを あじわってもらおうとおもってかいているのです きこえるひとのばあい ひとのはなしをそのきいているおとのこうてい きょうじゃく よくようをききわけ たんご せんてんすをはんべつしてりかいし たとえいっきにしゃべりまくられたとしても そのはなしをきちんとくべつされたたんごからなるぶんとしてりかいできます しかしきこえないひとのばあい くちだけをよみとるので たんご せんてんすをくぎるための こうていやきょうじゃくは わからないのです そのため よほど たんごをくぎってしゃべってくれないかぎりは みずからがたんごをそうぞうしながら よみとっていくしかないのです このえんえんと ひらがながつづく げんこうからたんごを ひろいよみするように そのくろうやいかに こんぴゅーたで おんせいへんかんして ぶんしょうをさくせいする そふとうぇあは すでに じつげんしているのに がぞうから ぶんしょうをつくりだすようなものは まだありません こうわをよみとってかいせきし ぶんしょうにするものが けんきゅうされてはいますが いまだ しょほのじっけんだんかいでしかありません たぶん さっこんの こんぴゅーたの しんぽをもってしても さいてい あとごねんは じつげんされないとおもいます それほど うごきをよみとり かつ そこからたんごをすいていすることは むずかしいのです いちおう こんかいわたしはこのげんこうをかくにあたって こうわのぎじたいけんとして はなしことばにちかくなるように くとうてんをはぶいたり かたかなもすべてひらがなにして います でも あるていどはよめるように たんごを すこしばかりきりはなして かいてみました しかし そんなはいりょなど あってないようなもので じゅうぶんよみづらいとおもいます くちびるをよんで はなしをりかいするというのは このげんこうをよむようなことを ひび まいにち おこなっているのです そのくろうを すこしは りかいしてもらえたでしょうか このげんこうも はなしのないようがわからないと いみがないので じごうにおなじないようで きちんと よんですぐわかるようにした ぶんしょうをのせたいと おもいますが それまで このあんごうのような げんこうをよんで こうわをよみとるぎじたいけんを すこしばかりしながら どうすればこのくろうを かるくすることができるのか かんがえてみてください |
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