たんぽぽ日記 りたーんず 2001年11月号
“見えない人にも近づいてみる”の巻き

  寒くなってきましたが、しし座流星群を見て風邪などひいていませんでしょうか? 今年ばかりは噂に違わず、たくさんの流れ星が夜空を駆けていきましたね。私はしっかり真夜中の天体ショーを堪能しつつ、ちゃっかり風邪ももらって帰りました。「風邪ひきませんように」って願い事はしなかったからなぁ・・・。
  さて、みなさん前回のひらがなだけの原稿は読んでいただけましたでしょうか? 読者?の方から前回のお話について 「おもしろい試みだったけど、聞こえない人だけじゃなくて、見えない人も似たような体験をしているよ。」とのご指摘をいただきました。そう、点字班の方はご存じかと思いますが、見えない人が使う点字。あれにも漢字がありません。点字による文章は、まさに前回のひらがなだけの文章のように、延々と点によるかなが並ぶ文章になるのです。その読みづらいこと、意味を捉え難いことは経験した通り。しかし見えない人たちは、聞こえない人たち同様、やはり「慣れ」によって克服しているのでしょうか?
  たんぽぽ日記で見えない人と言えば、「徳ちゃん」こと徳永君について語らなければなりますまい。何を隠そう、徳ちゃんをたんぽぽに初めて連れてきたのはこの私なのです。えっへん、って威張ることでもないか。
  あれはもう7年ほど前になるのでしょうか。きいろぐみのイベントで、はしもといちろう君の友達で特別ゲストとして阪神大震災のことを語り歌っていた徳ちゃん。それが初めの出会いでした。同い年ということもあり、すぐに意気投合。徳ちゃんが 聞こえない人の事も知りたいから手話を勉強したいと言っているのを聞き、「それならたんぽぽに来てみれば?」、と何も考えずに誘ったのです。そう、全く何も考えずに・・・。見えない徳ちゃんが来たこともない三軒茶屋にどのようにして通い、見えない手話をどうやって勉強するのかなど。まったく何の考えもなしに。さすがボランティア魂など微塵も持ち合わせてない私。我が子を谷底に突き落とす獅子のように、友人となった徳ちゃんを未知なる世界の手話サークルに連れて来てしまったのです。
  その後の徳ちゃんはみなさんもご存じの通り、私を除く心優しきたんぽぽの面々にも支えられ、たんぽぽで手話を学び、良き友人を増やしております。悪友の私はその後も何のフォローもしないばかりか、たまに徳ちゃんの家に押しかけては、友達ということを利用して格安で鍼を打ってもらったりしています。
  ところで、徳ちゃんはどうやって手話を覚えているのか、いまだに疑問に思う時があります。手話は視覚言語であり、見えるものをイメージして作られた言葉がほとんどです。見える人ならば手話からそのものをイメージできます。私が教える時も、まず「目の前に自分がイメージしたものが見えるごとくに」表すことを心がけるようにしています。しかし徳ちゃんは見えません。どのようなものをイメージしようにも、見たことのないものばかりです。見えないものをイメージする。どのような感覚なのか、私にはわかりません。それどころか、だいたい、物体をイメージするという感覚は、見えない人にとってどのような感じになるのか、私には想像もつきません。
  よく、生まれながらに聞こえない人は物に名前がついていることがわからない、と言われますが、逆に見えない人は物の名前を言われても、その物がどういう形をしているのかわかりません。触りながら覚えていくと言いますが、触って見える?感覚というのが、どこまで鋭敏にそのものの形を捉えられるのか、やはりその人個人が持つ想像力も関係してくるのか、謎だらけです。
  でもきっと徳ちゃんの方も、手話に対して何だかよく分からないまま、手探りの状態でやっていることだらけなんだと思います。そういうよくわからないことにも果敢に挑戦していく徳ちゃんて素晴らしいですね。見えない人が手話やるんだから、聞こえない人も点字を勉強してみてほしいですね。聞こえない人もそうですけど、自分とは感覚の違うであろう謎だらけの人たちと付き合っていきながら、摩訶不思議な人生をおくれるのが楽しいなぁと思うことが、私が手話や点字をやっていく原動力になっていると思います。みなさんも「変な友達」、どんどん増やしていきませんか。

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