何を当たり前のことを、って話なんだが。

電車通勤をするようになって本を読む時間ができたので、再び本を読むようになった。子どもの頃は図書館に行くのがとても楽しみだった私だが、大人になってからはあまり読まなくなっていたので、なんだか懐かしい感じもする。
そんなわけで、通勤時、スマホをいじりつつも合間に、しかもめっちゃ読むの遅いので、そんな私でも読んでて前後を覚えてられるものってことで、適当に書店で見つけた軽い内容のもの買っているのだが、今一番はまっているのが「ぶたぶた」シリーズだ。
矢崎在美さんという作家さんの書く、「山崎ぶたぶた」という名前の生きてるぶたのぬいぐるみが出てくるお話で、すでに全部で22冊も刊行されてて、それぞれに「ぶたぶたの○○」とか「○○のぶたぶた」って、ぶたぶたさんはいろんな職業に就いてたりして、各巻に特につながりはないんだけど、とにかくぶたぶたさんがある意味キーマンになったりすることで主人公達がちょっとだけ幸せになっていくハートウォーミングな物語なのだ。(大雑把にまとめ過ぎだが。)
どちらかというと子どもでも読めるような軽い話が多いんだが、言い回しや出てくるアイテムなどが自分のツボにはまってて、数冊読んだ時点で、もうこれは全巻読破するっきゃないって全巻を揃えてしまい、でも、そればっかり読むのも偏るなあと思いながら、ぶたぶたさん読んだら別のを1冊読んで、それ終わったらぶたぶたさんの1冊読んでという形で読み進めている。

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昨日、5年間乗ってきたバイクを手放した。
元々が通勤用にバイクに乗ってて、今度の仕事ではその通勤時にバイクは使えず、おまけに今までみたいに都合よく近場に駐輪場を確保できそうもないということで、週末ライダーになっても良かったんだけど、特段ツーリングに出るような趣味もなく、実際のところ通勤定期を使うとだいたいの"自分のよく行く移動範囲"をカバーできてしまうので、それを考えると今後「あまり乗らないんじゃないか?」ということもあって、維持費とのコストパフォーマンスを考えて手放すことにした。

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以前は「誰とどこでどんな場面でどんな話をしたか?」というのを、はっきりとそれこそ動画を記録してるように覚えておくことが出来てて、決して同じ人に同じ話はしない、ということが出来ていたのだが、さすがにここ何年かはそういう完璧なことはできなくなってて、「この話をこの人にしたはずだけど、いつどこでしたっけ?」とか、「この人と話をしたはずだけど何の話したっけ?」というように、話の内容は思い出せるけど場面(映像)が思い出せない、とか、場面(映像)は出てくるけど話の内容が思い出せないとか、そういうことがちょくちょく起こってきている。
でもこういう忘れ方をするこの脳の構造として、映像としての記憶と言語分野の記憶のつながりがうまく結びつけらないか、あるいはどっちか忘れやすくなってるのかなあって思える。
そうすると、手話で話をした場合には、映像の方が思い出せればその内容も思い出せそうなもんなのだが、どうも事はそう簡単ではないらしい。
本来なら今日は「第40回雑居まつり」が華々しく行われるはずだったのだが、あいにくの雨により明日、10月12日(月・祝)に延期になってしまった。
6時頃に結構降っていたこともあり延期の判断が妙に早かったのだが、明日が確実に晴れそうだということや、気温も上がりそうにない雨の中やって体調を崩す危険を冒すよりは明日、ということだったのだろうが、かつてのお祭りムードでえいやって凌いできたというか、勢い付けてやってきたことを考えると、事務局の方もだんだんと年を重ねて現実的な判断を下すようになってきたんじゃないかと思える。こういうところにもある種の高齢化問題を感じる私は変だろうか?
現実的な判断が悪いという気はないし、まぁ40回目という記念すべき回でもあるし気持ち良くやりたかったと思えば判断はとても適切だった。
ただ、お祭りのノリという点であの素早い判断がなんとなく釈然としない感じもしてしまった。まあ今日雨の中でやったらそれはそれで不満言ってたと思うけど(笑)
頑張って明日、盛り上げよう。

ということで、明日(10月12日)、梅ヶ丘の羽根木公園で「第40回雑居まつり」、10時から開催されますので、お暇のある方は遊びに来てください。

まぁこのBLOGもですけど、別にそれだけじゃなくって、
お休みをほどほどに取りましたし、
再起動しましょっか。
ぼちぼちと。

情報アクセシビリティ・フォーラム(http://www.jfd.or.jp/iaf/)が終わった。
始まる前は周りでも特に関心が高くなく、大コケするんじゃないかと心配したが、蓋を開けてみれば盛況で、無事盛大なイベントとして終えられた、という感じであった。
要は私の周りではまだ関心が低いというだけで、世間ではそれなりに関心を持ってる人、特に当事者も多かった。来場者も各地から来ていたので、それこそ今後各地でこういうイベントが開かれたりするのも良いのかもしれない、と思った。
まぁイベントの運営については言いたいことはめちゃくちゃあるのだけれど、それは置いておきましょう。

個人的には、久しぶりに会えたりする人も多くて、去年の全国ろうあ者大会の時にも思ったけど、やっぱ長年この業界(というのか?)にいて良かったな、とは思えた。
いや、それは別にこの業界に限ったことではないのだけれど、継続して同じ世界にいることで、愛想も人付き合いも悪い私にも知り合いも増え、大同小異で仲間と言える人たちが集う場にいられるというのは悪いものではない、と思った。

それにしても。
手話や聞こえない人に関わったところにいるとは言っても、ただそれだけで、私の人生は放浪しまくりなので、久しぶりに会う人の多くから「今、何やってんの?」とか「あ、今はこの会社にいるんだ」とか言われる始末なのはどうしたものかと。
確かに仕事とか、結婚してるしてないとか、その時その時で立場がころころ変わってる変な人ですからねぇ。
常に一緒にいないと、何やってる人なのかまったくわからない。そういう人になっている。そもそもそういうキャラだったっけ?

昨夜はおうし座南流星群という聞き慣れない流星群が見えるとかで、夜、ほんのちょっと5分くらいだけ、夜空を見上げてみた。
遅い時間の空気は澄んでいて、東向きの空には妙に明るい星も見えていた。
が、流れ星は一つも見えなかった。
でも、見上げていると、飛行機が飛んできた。
流れ星にくらべると、それはともてゆっくり、ゆっくり、西から東の空に飛んでいく。
「あー、あのくらいゆっくりだったら、いくつもの願い事を3回繰り返して言えるのにな。」って思った。
でも、私が願ったのはたった一つの事だ。
それは、多くのことは努力によって叶うと思えるけど、それだけは、たぶん自分の力だけではどうしようもないこと。
本当に叶うといいのだけど。
Facebookをやっているからといって、こちらのBlogを1年近く放ったらかしにしてしまった。Facebookを使えない人にとっては私の近況がわからなくなってしまったわけだが、私の近況なんてどうでもよさそうなものだが、実は私の親はこのBlogから私の近況を知っている。実際に実家に帰るのも5年に1回くらいなのだ。もうちょっと頻繁に更新せねば。

さて。
昨日は「ピンクリボンシンポジウム(東京会場)」に参加してきた。と言うとちょっと違う。お仕事として、今、日本対がん協会様の聴覚障害者への情報保障のお手伝いをさせて頂いていて、昨日もそのシンポジウムの手話/文字通訳を我々がコーディネートを行なったので、そのために会場に伺ったのである。しかも、コーディネートしたのは主に私の同僚で、その同僚が昨日はやんごとなき試験のためシンポジウムに行けなかったので、私が当日の要員として会場にいたのである。
で、当日の仕事としてはスクリーンのセッティングとか、手話通訳の立ち位置の選定とか、聴覚障害者が来場された場合の受付からの誘導、程度しか仕事はなかったので、本番が始まってしまえば、あとは当日そこにいる役得としてほぼ純粋に観客に近い形でお話を聞かせて頂いた。

"ピンクリボン"なので、知っている人は知っているとおり、乳がんに対する啓発を行なうイベント。ということで、男の私がそこにいて話しを聞いても・・・と思う方は甘い。男でも乳がんになる(全体の1%は男性患者らしい)し、しかも、がんに対する基本的な考え方というのは、乳がんであろうが、胃がんであろうが肝臓がんであろうが、どこの癌であってもなんら変わりはない。
検診を受けて早めに発見できれば、癌は克服できない病気ではない。(ひらがなで書いていくと文途中にあるとわかりにくいので、こっからは癌にします。)逆に発見が遅れればそれはそれで死に至ってしまう恐ろしい病気である。という、どちらの道を辿るのかは、日頃の心がけ次第である、という点では、みな同じ。(というか、癌でなくてもそうだと思うけど。)
そういう癌に対する正しい情報を、健常者だけではなく障害者にも伝えていこうという取り組みを今、日本対がん協会で行なっていて、それゆえにイベントに手話/文字通訳を付けて・・・昨日の講演では山田邦子さんも、手話で一曲歌ってくれたりなど、そういう広がりを見せています、という話しはまたちょっと後日に語るとして。(というか、そういう仕事の関係もあるので多少憚られるが、これから書くことは仕事は関係なく、個人的に思ったところを書いてしまう。)
今日も月に一度の病院通い。
生まれつきこのかたアトピーの私にとって、一時は薬に頼らずと思っていたものの、どういう方法でも良くもならないので、もうここ数年は、というか、十数年になりつつあるが、用賀にある名医と言われている医者の元に通っている。
が、名医と評判があったのも十数年前なので今はどうかわからない。一応、新しく自前の医院を建てて未だに客も切れずに予約が取りにくいところを見ていると名医なのかもしれないが、実は自分との付き合いにおいては、特にどこをどう見てくれるわけでもなく、もうずーっとコチラの自己申告で薬をもらっているだけなので、本当に名医なのかどうかはあやしい、と思っている。
でも今さら変えるのも面倒だし、前に一度家の近くの医者にしたら、薬が出てくるのにめっちゃ待たされたこともあって、もうある意味ツーカーで話が通じる医者と薬局の方がなにかと楽だし、月に一度用賀辺りに行っておしゃれにランチしたりとかも楽しみになってしまっているので、ずーっと通っている。そんな感じだ。

私のアトピーは時にひどくなったりしつつ、薬を塗っていればある程度小康状態を保っている。
変なことに、体全体がまぁどこかしら痒いのだが、そのひどく痒くなる部分が、なんか転移するというか、何年かおきに違うところに変わっていく。
で、ひどいところはだいたい血だらけ膿だらけになってたりするのだが、それは自分的にはある程度慣れているのだが、人から見るとやっぱ気持ち悪いか、汚いかと見られる(と思う)ので、できるだけそういうところは隠そうと思っているが、なかなか難しい。
子どもの頃、というか、幼稚園の頃からこのアトピーが元でいじめられたりもしたので、ぶっちゃけ見られたくはないのだが、でもそうはいっても痒いし、という葛藤があって、まぁそれを薬によって抑えているわけだが、その薬塗るのもベタベタになったりして、人から見るとあまり気分もよくなさそうなので、ゆえに人付き合いがしづらくもなったりするのである。
未だにそうなのだから、きっと思春期の若者は大変だろうなと、今さら人ごとのように思うのだが、思春期の頃は実際おしりのあたりが痒かったりして、パンツ3重にはいてみたりとか、今思うと笑えるような努力をしてたりしたんだけど、あまり人付き合いが嫌になるとかそういう考えはなかった気がするから不思議だ。
たぶん、今の方が人恋しいからかえってそう思うのかも知れない。

毎日、いつ何時もどこかしら痒いのが日常であり、時に痒みがガマンできないと引っ掻いている。
という状態を思うとき、人から見られるのも嫌だし、この痒みが我慢できない自分にも苛立ちつつ、でも痒いものは痒いし、それで寝不足になったりして体調悪かったりするし、「もうどうにも病気だよ!」って実際に病気なんだけど、この辛さを人はわかってくれないものだと思っている。
でも、ふと今日思ったのは、普通、アトピーでない人は、私以外の人は普段は痒くないのか? どのくらい痒くないのか? というのが実は自分もよくわかっていないってことだ。
蚊に噛まれれば誰だって痒くなる。じゃあそういう異常事態(?)以外はかゆくないのか? よくテレビでメンタームのCMとかで「夜中に乾燥で痒くなる」とか「あせもの痒み」とかってのに効く薬が売られているが、実は世の中の大半の人も痒いんじゃないか?とか、自分以外の人は日々どういう状態にあるのか? って、よくわからない。

そう、自分のことを他人もわかってくれないかもしれないが、私も他人のことはよくわかっていないのだ。

人それぞれ、千差万別。
「相手のことを考えて」とかよく言うけど、実際には、その相手にならない限りわからないことっていっぱいあるんじゃないかと思う。
私のこの痒みとか、体験しようにも体験するのも難しいし、逆に私自身も痒くない状態とか、その時にどうなるのかなんて、なったことがないからわからない。
それなのに、わかったつもりで話をしちゃってて通じない、って、そういうことって、実にたくさんあるような気がしてきた。

だからどうこうってのはないんだけど、どこまでつきつめても自分は自分、他人は他人なのかも、と思いつつ、でもわかり合おうとするためには、コミュニケーションとっていくしかないんだよね、って思う。黙ってちゃ何もわからないから。
そう、誰もが相手を慮っても、すべてがわかるわけじゃないから、「どうせわかってくれないし」なんて拗ねても意味のないことなのだ。わかってもらうためには話さないといけないし、でもある程度までわかってもらったところで納得というか、妥協するしかないのだ。
わからないものはわからんのだから。
5月10日はらん太の誕生日だが、らん太に関してはもう一つの記念日として8月15日がある。
そう、らん太がうちに来た日だ。

らん太がうちに来て、もう5年になる。
8月のらん太



















さすがに昼間は暑いのでこのようにグッタリと寝ているが、さりとて、特に異常を示すことなく、お腹がすけば牧草食ったり、ウロウロしたりと、普段と変わらぬ様子を見せている。

今日(2012年8月16日)撮ったらん太



















朝晩の部屋んぽも普通にこなすし、おやつねだりもいつものとおり。このように、パクパクと乾燥野菜を美味しそうに食べている。
もういい年なのに、人間以上に暑さに強いのではないか?と思えるほどだ。

いろんな嫌なことがあっても、この子がうちにいるだけで、癒されるから、本当に助かっている。
このままいつまでも元気でいてくれないと困るぞ。
よろしく頼むよ。