情報アクセシビリティ・フォーラム(http://www.jfd.or.jp/iaf/)が終わった。
始まる前は周りでも特に関心が高くなく、大コケするんじゃないかと心配したが、蓋を開けてみれば盛況で、無事盛大なイベントとして終えられた、という感じであった。
要は私の周りではまだ関心が低いというだけで、世間ではそれなりに関心を持ってる人、特に当事者も多かった。来場者も各地から来ていたので、それこそ今後各地でこういうイベントが開かれたりするのも良いのかもしれない、と思った。
まぁイベントの運営については言いたいことはめちゃくちゃあるのだけれど、それは置いておきましょう。

個人的には、久しぶりに会えたりする人も多くて、去年の全国ろうあ者大会の時にも思ったけど、やっぱ長年この業界(というのか?)にいて良かったな、とは思えた。
いや、それは別にこの業界に限ったことではないのだけれど、継続して同じ世界にいることで、愛想も人付き合いも悪い私にも知り合いも増え、大同小異で仲間と言える人たちが集う場にいられるというのは悪いものではない、と思った。

それにしても。
手話や聞こえない人に関わったところにいるとは言っても、ただそれだけで、私の人生は放浪しまくりなので、久しぶりに会う人の多くから「今、何やってんの?」とか「あ、今はこの会社にいるんだ」とか言われる始末なのはどうしたものかと。
確かに仕事とか、結婚してるしてないとか、その時その時で立場がころころ変わってる変な人ですからねぇ。
常に一緒にいないと、何やってる人なのかまったくわからない。そういう人になっている。そもそもそういうキャラだったっけ?

昨夜はおうし座南流星群という聞き慣れない流星群が見えるとかで、夜、ほんのちょっと5分くらいだけ、夜空を見上げてみた。
遅い時間の空気は澄んでいて、東向きの空には妙に明るい星も見えていた。
が、流れ星は一つも見えなかった。
でも、見上げていると、飛行機が飛んできた。
流れ星にくらべると、それはともてゆっくり、ゆっくり、西から東の空に飛んでいく。
「あー、あのくらいゆっくりだったら、いくつもの願い事を3回繰り返して言えるのにな。」って思った。
でも、私が願ったのはたった一つの事だ。
それは、多くのことは努力によって叶うと思えるけど、それだけは、たぶん自分の力だけではどうしようもないこと。
本当に叶うといいのだけど。
Facebookをやっているからといって、こちらのBlogを1年近く放ったらかしにしてしまった。Facebookを使えない人にとっては私の近況がわからなくなってしまったわけだが、私の近況なんてどうでもよさそうなものだが、実は私の親はこのBlogから私の近況を知っている。実際に実家に帰るのも5年に1回くらいなのだ。もうちょっと頻繁に更新せねば。

さて。
昨日は「ピンクリボンシンポジウム(東京会場)」に参加してきた。と言うとちょっと違う。お仕事として、今、日本対がん協会様の聴覚障害者への情報保障のお手伝いをさせて頂いていて、昨日もそのシンポジウムの手話/文字通訳を我々がコーディネートを行なったので、そのために会場に伺ったのである。しかも、コーディネートしたのは主に私の同僚で、その同僚が昨日はやんごとなき試験のためシンポジウムに行けなかったので、私が当日の要員として会場にいたのである。
で、当日の仕事としてはスクリーンのセッティングとか、手話通訳の立ち位置の選定とか、聴覚障害者が来場された場合の受付からの誘導、程度しか仕事はなかったので、本番が始まってしまえば、あとは当日そこにいる役得としてほぼ純粋に観客に近い形でお話を聞かせて頂いた。

"ピンクリボン"なので、知っている人は知っているとおり、乳がんに対する啓発を行なうイベント。ということで、男の私がそこにいて話しを聞いても・・・と思う方は甘い。男でも乳がんになる(全体の1%は男性患者らしい)し、しかも、がんに対する基本的な考え方というのは、乳がんであろうが、胃がんであろうが肝臓がんであろうが、どこの癌であってもなんら変わりはない。
検診を受けて早めに発見できれば、癌は克服できない病気ではない。(ひらがなで書いていくと文途中にあるとわかりにくいので、こっからは癌にします。)逆に発見が遅れればそれはそれで死に至ってしまう恐ろしい病気である。という、どちらの道を辿るのかは、日頃の心がけ次第である、という点では、みな同じ。(というか、癌でなくてもそうだと思うけど。)
そういう癌に対する正しい情報を、健常者だけではなく障害者にも伝えていこうという取り組みを今、日本対がん協会で行なっていて、それゆえにイベントに手話/文字通訳を付けて・・・昨日の講演では山田邦子さんも、手話で一曲歌ってくれたりなど、そういう広がりを見せています、という話しはまたちょっと後日に語るとして。(というか、そういう仕事の関係もあるので多少憚られるが、これから書くことは仕事は関係なく、個人的に思ったところを書いてしまう。)
今日も月に一度の病院通い。
生まれつきこのかたアトピーの私にとって、一時は薬に頼らずと思っていたものの、どういう方法でも良くもならないので、もうここ数年は、というか、十数年になりつつあるが、用賀にある名医と言われている医者の元に通っている。
が、名医と評判があったのも十数年前なので今はどうかわからない。一応、新しく自前の医院を建てて未だに客も切れずに予約が取りにくいところを見ていると名医なのかもしれないが、実は自分との付き合いにおいては、特にどこをどう見てくれるわけでもなく、もうずーっとコチラの自己申告で薬をもらっているだけなので、本当に名医なのかどうかはあやしい、と思っている。
でも今さら変えるのも面倒だし、前に一度家の近くの医者にしたら、薬が出てくるのにめっちゃ待たされたこともあって、もうある意味ツーカーで話が通じる医者と薬局の方がなにかと楽だし、月に一度用賀辺りに行っておしゃれにランチしたりとかも楽しみになってしまっているので、ずーっと通っている。そんな感じだ。

私のアトピーは時にひどくなったりしつつ、薬を塗っていればある程度小康状態を保っている。
変なことに、体全体がまぁどこかしら痒いのだが、そのひどく痒くなる部分が、なんか転移するというか、何年かおきに違うところに変わっていく。
で、ひどいところはだいたい血だらけ膿だらけになってたりするのだが、それは自分的にはある程度慣れているのだが、人から見るとやっぱ気持ち悪いか、汚いかと見られる(と思う)ので、できるだけそういうところは隠そうと思っているが、なかなか難しい。
子どもの頃、というか、幼稚園の頃からこのアトピーが元でいじめられたりもしたので、ぶっちゃけ見られたくはないのだが、でもそうはいっても痒いし、という葛藤があって、まぁそれを薬によって抑えているわけだが、その薬塗るのもベタベタになったりして、人から見るとあまり気分もよくなさそうなので、ゆえに人付き合いがしづらくもなったりするのである。
未だにそうなのだから、きっと思春期の若者は大変だろうなと、今さら人ごとのように思うのだが、思春期の頃は実際おしりのあたりが痒かったりして、パンツ3重にはいてみたりとか、今思うと笑えるような努力をしてたりしたんだけど、あまり人付き合いが嫌になるとかそういう考えはなかった気がするから不思議だ。
たぶん、今の方が人恋しいからかえってそう思うのかも知れない。

毎日、いつ何時もどこかしら痒いのが日常であり、時に痒みがガマンできないと引っ掻いている。
という状態を思うとき、人から見られるのも嫌だし、この痒みが我慢できない自分にも苛立ちつつ、でも痒いものは痒いし、それで寝不足になったりして体調悪かったりするし、「もうどうにも病気だよ!」って実際に病気なんだけど、この辛さを人はわかってくれないものだと思っている。
でも、ふと今日思ったのは、普通、アトピーでない人は、私以外の人は普段は痒くないのか? どのくらい痒くないのか? というのが実は自分もよくわかっていないってことだ。
蚊に噛まれれば誰だって痒くなる。じゃあそういう異常事態(?)以外はかゆくないのか? よくテレビでメンタームのCMとかで「夜中に乾燥で痒くなる」とか「あせもの痒み」とかってのに効く薬が売られているが、実は世の中の大半の人も痒いんじゃないか?とか、自分以外の人は日々どういう状態にあるのか? って、よくわからない。

そう、自分のことを他人もわかってくれないかもしれないが、私も他人のことはよくわかっていないのだ。

人それぞれ、千差万別。
「相手のことを考えて」とかよく言うけど、実際には、その相手にならない限りわからないことっていっぱいあるんじゃないかと思う。
私のこの痒みとか、体験しようにも体験するのも難しいし、逆に私自身も痒くない状態とか、その時にどうなるのかなんて、なったことがないからわからない。
それなのに、わかったつもりで話をしちゃってて通じない、って、そういうことって、実にたくさんあるような気がしてきた。

だからどうこうってのはないんだけど、どこまでつきつめても自分は自分、他人は他人なのかも、と思いつつ、でもわかり合おうとするためには、コミュニケーションとっていくしかないんだよね、って思う。黙ってちゃ何もわからないから。
そう、誰もが相手を慮っても、すべてがわかるわけじゃないから、「どうせわかってくれないし」なんて拗ねても意味のないことなのだ。わかってもらうためには話さないといけないし、でもある程度までわかってもらったところで納得というか、妥協するしかないのだ。
わからないものはわからんのだから。
5月10日はらん太の誕生日だが、らん太に関してはもう一つの記念日として8月15日がある。
そう、らん太がうちに来た日だ。

らん太がうちに来て、もう5年になる。
8月のらん太



















さすがに昼間は暑いのでこのようにグッタリと寝ているが、さりとて、特に異常を示すことなく、お腹がすけば牧草食ったり、ウロウロしたりと、普段と変わらぬ様子を見せている。

今日(2012年8月16日)撮ったらん太



















朝晩の部屋んぽも普通にこなすし、おやつねだりもいつものとおり。このように、パクパクと乾燥野菜を美味しそうに食べている。
もういい年なのに、人間以上に暑さに強いのではないか?と思えるほどだ。

いろんな嫌なことがあっても、この子がうちにいるだけで、癒されるから、本当に助かっている。
このままいつまでも元気でいてくれないと困るぞ。
よろしく頼むよ。
今年もまた8月6日がやってきた。Twitterにも書いたが、毎年平和記念式典で子ども代表が「平和の誓い」を読み上げるのを見て、こうした悲惨な歴史を子ども達さえも振り返えらなければならない事態を、二度と引き起こしてはならない、と思ってしまう。
子どもには、アホみたいに遊んでて欲しい。


というところで、去年と同じようになんとなく8月6日を迎えてしまったが、去年の8月6日の時点では、今の、今日のこの自分は想像できていなかった。というか、できるはずもなかった。

ぶっちゃけてしまうが、ここに書くべきことではないかも知れないが、今の自分はかなーり危険な状態にある。
そう・・・落っこちそうなのだ。



先日、調布パルコに行った際に「手紙社」(http://tegamisha.com/)って新しい雑貨屋さんが入ってて、そこで5/26、27で京王閣にて開催されている蚤の市(雑貨、古書、アンティークの市 http://tokyonominoichi.com/)ってのを案内されました。
普通はそんなの「あぁ良いですね」とかって愛想撒いておきながらスルーするんだけど、その手紙社さんでいろいろと面白い物扱ってたんで、ちょっとその蚤の市も気になったんで、行ってきました。
・・・
ぶっちゃけ、案内をよく見ていなかったってのもあるけど、行ってみるといわゆるアンティーク雑貨市で、アンティークなんて置き場所ないし、いいなぁと思った手頃な椅子とかあったんだけど、ちょっと考えて それもやっぱ買うと怒られちゃうし、あんまお金もないしなーとか思って断念して何も買わなかったんだけど、(あ、雑居の時にも食った巻き巻きのウインナー売ってたんでそれだけ買って食べたな)、アンティーク雑貨を見るのは好きだし、行ったついでに写真撮ってきたので、モノトーン加工したりノイズ入れたりして遊んでみました。でも、なかなか雰囲気出すの難しいですねー。

20120526nominoichi02.jpgこういうセピアにするのって、簡単なんだけど、かっこよく見せるのが難しい。













20120526nominoichi01.jpg
この物たちの配置が面白くてパシャリ。
ちなみにこの店を出していた主はこんな方らしい。
奥田早織(co-fu)
url. http://www.co-fu.net/








20120526nominoichi15.jpg


















20120526nominoichi03.jpgこの遊んでる子と、この子の帽子もマッチしてて面白いので撮ってみました。
きっとお父さんかお母さんがオシャレさんなんでしょうねぇ。











20120526nominoichi10.jpg今回一番お気に入りの写真はこれかな。
















もっといっぱい撮ったんですけど、Facebookとmixiの方に載せたので、ご興味ある方はそちらで見て下さいな。

で、見てて思ったんだけど、こういうアンティーク雑貨って多くの人にとってはある意味どうでもよくて、むしろゴミとかに類するものかもしれないんだけど、その価値を見いだせる人にとっては、他に代え難いお宝である場合もあったりして、とっても面白いですよね。
たぶん、多くの人も人生も、たぶん他人にとってはどうでもよくて、ある意味無駄ってことになるのかもしれないけれど、必要とする人にとっては、それこそ無くてはならないものであったりする。
私も・・・いまだ生きてる意味がよくわからなくなったりするけど、なんかそういう、ほんの一部でもいいから、誰かにとって必要とされる、価値を見出してもらえるような人生を送るのもいいのかなぁ、って思ったりするけど、私のことを必要とする人って、誰なんだろうなぁ・・・って思うな。まだ。
それこそ、アンティークのように、古ぼけて年取ってからわかるものなのかもしれない。


20120526keirin01.jpgちなみに、この東京蚤の市が行なわれていた京王閣ってのは競輪場で、初めて入ってみたんですけど、競輪レースやってたのに、スタンドには観客が誰もいなかった。
こんなにきれいなところなのに、イベントをやってるからなのか、とも思ったけど、だったらレースやってないはずだし、レースをやっているのに、チケット売り場とかみんな閉まってて、それはどういう仕組みなんだろう、って思った。


20120526keirin02.jpgそれにレースの方法もよくわからなくて、位置取りだけ何周か走ったら、本当のレースになる部分は一周で終わっちゃうっていう、よくわからない仕組みで。
でも、それゆえに真相が知りたいなーって興味が出てきてしまいました。
今度はこの場所に競輪を見に来よう、って思った。





やっぱ人生はギャンブルっすよ。




ある意味世紀の一大イベント、ってノリだったんですが、終わった後に職場の方から「でも金環日食って、毎年世界のどこかで見られるんですよね」って一言をいただきました。ええ、確かにそうです。毎年っていうわけでもないですけど、世界中たどっていくとそれなりに頻繁に見られます。
でも、旅行も何もせずに自分が普通にいる場所で見られるのって、生涯に一度あるかないか。現に東京では次は300年後とかなんですから。

20120514本.jpgということで、待ち望んでいた私は、写真を撮るべく、でもコンデジ用の遮光板なんてないしと思いつつ、こんな「日食観察用プレート」という遮光板が付いている本が発売されていることを調べて、amazonで一週間前にゲット。ちなみに500円の定価の本。再度amazonで2日くらい前に見ると売り切れてて中古品が1500円の値が付けられていました。

そう、今回日食の観察にあたってはさんざん「肉眼で見てはいけません」とか、「日食用グラスを買いましょう」なんて言われてて、今迄ってそんなに日食グラス買えって言ってたっけなぁ?って思ったんだけど、実際、この日食の話って一年前くらいからメーカーさんは日食グラスを企画してて、結構当て込みつつ、そんなに盛り上がってないのにいろんなメーカーが参入して作りまくってました。で、それを売るためかどうか、いつからかマスゴミが「日食グラスを使いましょう」なんてしきりに言い始めてたんだけど、それって、そういうメーカーさんから圧力なのか何なのかがかかった結果があるんじゃないかと思えました。
で、あげくには「遮光性能が危険なものもあるから気をつけましょう」とか、なんか煽っておいてそういうのって・・・って思っちゃいましたね。
まぁそれはともかく。
前々日くらいから、どこで観察するのがいいのか、ってのを調べながら通勤し、とりあえず東の方向に開けていて、あんまり人もいなさそうな場所を選定。
当日の天気を気にしつつ、でも天気には逆らえないし、ずいぶん前から雨の予報もあったんで、「晴れればラッキーだ」くらいに思ってました。

20120521satsuei2.JPGで、当日は朝5時起床。思ったより晴れてんじゃーん、と思いつつ、お風呂に入ってから、徐々に曇りつつある空を眺めながら、「えー、もうちょっともってくれよー。」と思いながら、いざ早めの出勤・・・というか、観察ポイントへ。・・・行く途中に、代々木公園の歩道橋とかでもすでに観察してる人がいっぱいいて、「そんなことになるんだー」と思って、自分の選んだ観察ポイントでも驚きました。普段はほとんど人通りのないその通りに、すでに待ちかまえている人がいる。
まぁ自分が思うんだから、他の人も思ってかもしれませんね。
選定したのは青山霊園外人墓地近くの通り。桜の写真の時もここで桜並木を撮りましたが、前が開けていて、通ってると六本木ヒルズや東京タワーのてっぺんも見える。そしてこの日の太陽はミッドタウンの上に見えるという、なかなか良い場所です。
おそらく、カメラが良ければそのミッドタウンと合わせてとれたかもしれませんが、そんな性能のカメラはもっていない・・・。

道路の邪魔にならないように、広めの歩道の端っこにバイクを停めて、三脚を取り出し、観察と撮影を開始。
この時7時15分くらい。
金環の最大時間が東京では7時34分とのことだったので、ちょっとだけ早く来て練習も兼ねて撮影。

20120521nisshoku2.jpg




















20120521nisshoku1.jpg



















20120521nisshoku3.jpg



















という、だんだん三日月型になりつつある太陽を撮りつつも、実は雲がだいぶ出てきていて、遮光板で隠すとよく見えない状況に。さらに、後悔したのが、遮光板をちゃんとカメラのレンズに取り付けるように加工すればよかったのに、手で隠せばなんとなかなるかな、と思ってたのですが、コンデジのレンズって、意外にグラグラしてて、手で覆いをつけると、結構ブレができてしまうってこと。
やっぱ良いカメラが欲しいなぁ、と思ったけど、そんなもの買ってる余裕はありません。。。

なんて、思いつつ、ついにその時を迎えました。

20120521kinkanshoku3.jpgちょっとぶれてますけど、まさに金色のリング!
金環食です!!

















さらにブレが面白い効果を生み出してこんな写真も。
20120521kinkanshoku1.jpgなんかゴールドのデザインリングみたいなのになってて、かっこいい。


















20120521kinkanshoku2.jpgこちらは二重リングに見える!!



















という、面白い写真が撮れてたんですが、実際に、かなり瞬間瞬間で雲の切れ間から見えてたので、写真撮ってるの相当焦ってました。

20120521satsuei.JPGなお、金環食時に遮光板なしでコンデジで景色込みで太陽を撮るとこんな感じです。
普通に逆行の景色写真・・・。

















そう。金環日食って、想像してたより全然明るかったんです。その太陽に隠れる月との割合が、だいぶ月が小さい時ってのもあったと思うんですが、想像してたのは、太陽だけじゃなくて景色全体が夕暮れみたいにもっと黄金色になるんかなぁ、なんてイメージを持ってたんですが、ほんのちょっと光り弱まったかな、程度で、それも曇ってるから雲のせいじゃない?っていうくらいの感じで、お外は全然明るかったんです。
ホント、太陽の光って偉大。

20120521nisshoku4.jpg



















そんなこんなで、リング状から解き放たれた太陽はまた元に戻っていくのでした。
というのを、撮ってる時間はあまりなく、出勤時間が近づいているので、三脚を片付け、撮影場所を離れたのでありました。

終わってみればなんてことはなかった、という感じもありましたが、やはり世紀の天体ショー。
この目で見れて良かったなー、と思いました。
太陽を肉眼で見ちゃいけませんって言うけど、ある程度この目に焼き付けておくってのは、やっぱ大切。(いや、そりゃ人にもよるとは思うけど。)
写真撮ってましたけど、遮光板とカメラと、そして自分の目とで見ながら堪能いたしました。

次、北海道では18年後の2030年にあるらしいんですが、人生に余裕があれば行って見たいな、と思いました。
今日はらん太5歳の誕生日でした。

20120510runta01.jpg



















相変わらずかわいいのですが、5歳と言えば人間でいうところの40歳から50歳くらいなのです。もういいおっさんです。
ちょっと最近、耳のところのハゲちゃんが大きくなりつつあるので、来週、病院に連れて行こうかと思います。
前に行ったときは特に病気じゃないって話だったんですが、その後直らず、また増えつつあるのでちょっと心配です。

でも、年を取りつつあるとはいえ、いまだに食べ物に対する執念は強く、ことあるごとに食べ物をおねだりします。
いつまでも食べ物に関しては"乱"太のまま。話を聞くと、だいたい年相応に落ち着いていくということなんですが、この子は落ち着く気配を見せません。

でも元気で何よりです。

今日は私もお休みだったので一日一緒にのんびり・・・ともいかなかったのですが、できる限り一緒に過ごしてました。

20120510runta04.jpg


































自慢のお部屋もきれいにして、満足してくれたはず。
足腰強いのも自慢なのか、何かあるとすぐ立ち上がります(笑)
これからも癒しの存在であり続けてほしいです。

mixiやFacebookにアルバム載っけてありますので、見られる人はどうぞ。
ちなみに、mixiの方とか、500枚くらい今まで写真を載せてあって、飼い始めの頃に比べると最近はペース落ちたなぁとか思われるかもしれませんが、まぁ同じような写真しか撮れなくなってはいるので、アップはだんだんしなくなってます。
でも今でも毎月100枚近くは撮ってると思うし、今までトータルすると、たぶんらん太の写真は1万枚くらいあるんじゃないかと思います。
溺愛し過ぎですね(笑)

20120510runta07.jpg










今日は両国の江戸東京ホワイトベース・・・じゃなくて、江戸東京博物館に『ザ・タワー~都市と塔のものがたり~』展を見に行ってきました。
http://www.edo-tokyo-museum.or.jp/exhibition/special/index.html
(特別展へのリンクだから、期間すぎるとリンク内容が違っちゃう。すみません。)

20120418_01.jpg今度5月22日にスカイツリーが開業するのに合わせて開催されていた特別展で、高いところが好きなお馬鹿な私は、別にこの展示で高いところに昇れるわけでもないけど、やっぱ、高いところへの知識をもっておかなくちゃ、って思って行ってみた。
ただ、ホームページとかで概要を特に読んで行ってなかったので、自分がイメージしていた内容とは全然違ったんだけど、なかなか興味深い、面白い内容だった。
主には、有史以前のバベルの塔について、国宝の薬師寺東塔、エッフェル塔、浅草の凌雲閣、大阪通天閣、そして東京タワーというそれぞれをフィーチャーした内容だったんだけど、バベルの塔については、有名なブリューゲルの絵と対比して、考古学的にバベルの塔の実在を信じて調べたキルヒャーの絵を並べていたり、薬師寺東塔は、1910年のパリ万博に出品された20分の1模型があって、その精巧さに、きっと万博で見た外国人も驚いただろうなあ、って思ったし、エッフェル塔はその成り立ちで、「エッフェル」の名前が付いているけど、実際はエッフェル社の人が考えたんじゃん、ってツッコミ入れたり、そのエッフェル塔の改築案がこれまたすっごく面白くて、建築勉強してる人は絶対見ておいた方がいいねって思えたし、そのエッフェル塔を捉えつつ、浮世絵を崇拝して富岳三十六景にちなんで「エッフェル塔三十六景」なんて描いてるリヴィエールの絵がこれまた情緒あっていい感じだったし、浅草凌雲閣の頃には、その前に浅草富士山とか、そういう面白い物が存在してたんだとわかったし、通天閣は、初代についての記述がほとんどだったけど、なぜ大阪のあの辺が"新世界"っていうのかわかったし、ホント、明治って絶対面白い時代だったんだろうなぁ、って思えたし、なぜかビリケンさんがいて、足の裏なでさせてもらったり、東京タワーは、東京タワーについて描いた山下清の絵と文章がこれまた味があるのが良かったりと、ホントに私としては久々にヒットした企画展でした。
スカイツリー開業に合わせての展示だった割には、スカイツリーについての内容がほとんどない・・・と思って展示を出ると、その先にある特別展用のショップがスカイツリーだらけ。そこが一つの展示場みたいで、「もしかして、展示内容が少ないのはこのため?」って思ってしまいました。それにしても、開業前からこんなにグッズがあるって恐るべしって感じでしたね。

20120418_02.jpg企画そのものは満足したのですが、この博物館、特別展と常設展は別料金。普通は企画展の料金払えば、常設展は見られるものなのに・・・(って思ったから常設展は見ませんでした)。また、展示も建物の仕切りの関係で、ちょっと回りづらい部分も。特別展の方にはそこそこ人は入ってて、まぁ平日ならあんなもんでいいのかもしれないけれど、巨大な奇抜な建物の割には、もっと集客した方がいいんじゃないかと思いました。
でも逆に、お客さん少ないおかげで、7階のレストランは眺めの良い場所を一人締めできましたけどね。


さて、本題。
両国に来るのは久しぶりで、いつもホントに博物館に来るくらいだったので、江戸東京博物館に向かう前に、そこから見えた三重の塔が気になったので、そこに行ってみました。
そこは、横網町公園内の"東京都慰霊堂"っていう、本来は関東大震災の時に亡くなった方を祀る慰霊堂として建てられて、その後、東京大空襲で亡くなられた方も合祀して祀ってあるものだとわかりました。
20120418_03.jpgホントに近くにあるのに、そんなものがあるなんて今まで気がつかなかったというのもなんとも。
慰霊堂の中を見させてもらって、震災の時の絵とか、空襲の時に写真とかもあって、おごそかな気持ちになりつつ、手を合わせてきたのですが、そう言いつつ、なかなか周りが雰囲気良いので写真も撮ってたんですけど、そこで気がついたのが、スカイツリーって、意外にどっからでも顔つっこんでくるのね、ってこと。
まぁスカイツリーだけじゃないんだけど、せっかく趣のある建物とかあって、それをきれいに写真撮りたい!って思っても、かなり位置や角度を気をつけないと、スカイツリーとか、高い建物、電線、電柱、etcクビをつっこんできて、まぁ現代と歴史の対比って意味では面白い写真も撮れたりするけど、その歴史の方だけ撮りたい時には、かなり難儀をしてしまう。

『ザ・タワー』展でも、エッフェル塔が建つときにかなりの反対運動もあったという記述があった。「歴史あるパリの都に無骨で醜悪な鉄の塔は似つかわしくない」・・・今でこそ、エッフェル塔もすでに100年以上を経過し、そのものが歴史になっているけれど、何度も改装計画が持ち上がったり、あの容姿を維持していくのに相当の苦労があったらしい。かなりの美観を誇るエッフェル塔でもそうなのだ。

私は高い所好きだし、近代的な建物も好きなので、「どんどん建てれば」って思う方ではあるのだけれど、それでも、高い建物って、時に街の景観そのものを殺してしまうと感じるから、それを建てる際にはある程度の気を遣わないといけないと思う。京都タワーが典型的な悪例だ(私はあの建物をあそこに建てることを許可した京都市が理解できない)。
街の進化に合わせて歴史も作られていくのかも知れなくて、近代的なフロンティアみたいなものはそれこそきらびやかなものを感じさせて、未来志向の人を奮い立たせる力を持っていると思う。でも、往々にしてそれまでの景観と相容れなかったり、やっぱり、それ相応の代償を払うことを考えると、単純に進化させればいいもんではないと思う。
建築やってく方には、その建物単体の様相だけじゃなくて、周りも含めて広い目で見て建物作れるようになるような教育がなされてほしいですね。