道交法を徹底して自転車に車道を走らせる問題について、これまでちょこちょこつぶやいていて、端から見ると自転車車道走行反対派に思えてしまうのだが、今 となってはほとんど自転車に乗ることなくなっちゃったけど、かつては私もサイクリストだったわけで、その観点から見ると、賛成でも反対でもない、けど問題 点がいっぱいだからそれは解消した方がいいよ、というのが私の立場である。
まぁでも、現状から言うと危険すぎるから、今のまま何もしないで法律だけ厳密に適用ってことなら反対である。

実際問題、前に原付に乗っているときから言っているが、走行性能が違う車両が、同じ路面を走るから危険なのである。
問題は、そう、速度の違う物が同じところを通るからいけないのだ。

その点では、原付だって、制限速度30kmなのに、制限速度50kmの公道を走る際に、どうしても邪魔者になって危険が生じる。だからって速度超過で走ってると捕まるのは理不尽だと言っていた。
それと同じように、歩行者の速度6kmって想定の歩道の上を、20kmも30kmも出して走っている自転車が通るから危険なのである。

なので、それぞれに専用道として、制限速度を設けてしまえばいいのだ。

例えば、
歩道は速度10kmまで。それを超える車両は自転車専用道へ。
自転車専用道は時速10km~30kmまで。
車道は原付以外のバイクか車専用。

現状だと、13歳未満か、70歳以上の老人と障害者は歩道を自転車で走って良いことになっているが、13歳~70歳って幅がありすぎである。これだと、子どもを乗せたママチャリとか、あるいは、荷物をいっぱい乗せたおばはんのヨタヨタしたチャリなんかも車道を走ることになるが、そんなの車道に出てきたら危険でしょうがない。特に、子ども 2人乗せたママチャリが事故った場合に、死人は一気に3人だ。そんなのアカンやろ、って思う (そもそも私はこの子ども2人乗せた自転車を認めた件も危険なんで止めた方がいいと思ったのだが)。
だから、ゆっくり走る分には、歩道でもいいよってことにして、でも飛ばしたらダメってことにするのだ。これだと歩道の危険度は相当に減る。歩道をぶっ飛ばすアホチャリが人をはねるから危険なのだ。

そして、自転車専用道は逆に、ゆっくり走っちゃダメってことにすれば、そこで自転車同士の渋滞とかいざこざも減るし、そこに原付もつっこんでしまえば、車の邪魔にならないと思うのだ。
そして、自転車専用道を作るからには、そこは絶対的に自動車の駐停車は禁止しないといけない。なんせ、今車道を走ることが、路駐がいるから相当危 なくなっているし、そもそも路駐がいるから、それを避けるために、車同士の事故も起ってるから、路駐はもう飲酒運転と同じくらいの罰金にすべきだと思う。

それと、自転車を免許制にしないなら、少なくとも道交法に原付のような、自転車の特例項目を設けるべきだ。現状、制限速度も決まっていなくて、自動車標識に従うってのもおかしいだろう。
あんなチープな制動装置と細い車輪でぶっ飛ばしてるも危険だし、自動車標識勉強してないのに、それに従えってのも無理がある。
そして自転車にも罰則規定をきちんと設ける。

そのくらいせずに、ただ単に自転車に車道を走れってのは暴挙でしかない。
この前ニュースでやってたけど、歩行者が路上で事故に遭遇する割合って、8割が対車で、対自転車は2割にも満たないらしい。まぁその2割を減らすことは大事なのだが、その2割の危険を減らす変わりに、自転車が車相手に事故る割合が3倍も4倍も増えるかもしれないのだ。
そして、車の方も、無謀な自転車が多いにも拘わらず、事故ったら車の過失責任がかなりのものになる。その不幸はホントに理不尽なのだが、悲惨なのだ。
そうした不幸な事態を生み出さないためにも、この施策は慎重にやってもらいたい。
単に取り締まりの警察官増やして、道路見張ってりゃいいってもんじゃない。

そもそも、自転車は交差点を右折してはいけないって道路交通法の内容を、どれだけの人が知っているんだろうか・・・。
(軽車両はどんな交差点も2段階右折しないといけないのですよ。道交法上は。)
厳しくして罰金取っちゃえば、国庫もめちゃくちゃ潤って、赤字国債も減らせられるかもしれんけど。

ま、総理大臣が何にも知らなかったっていうのにTPP参加とか表明しちゃう国政状況じゃ、たぶん何にも考えてないと思うけど。
でも、この車道を走れって件は正直それまで特に問題としてもたびたび報じられていたとは思えなくて、震災以降自転車が増えたからって、唐突な気がしないでもないんだけど、どっからの要望なんだろうか。
なんか裏がありそうな気がするのは気のせいだろうか
ライブに行く前は若干不安だった。
今も静岡でラジオ番組をやっているとはいえ、すこぶるマイナーなシンガーとなっている。
懐かしさのあまり思わずチケットを取ってしまったが、果たしてどれだけお客さんがいるのかと。

『 相馬裕子 20th Anniversary Tour ~Thanks 20th!~ 』 in 東京

ライブツアーの最終地、東京渋谷Eggman。
昔、広島でそのライブハウスの名前を聞くたび、「行ってみたい」と思いながら、なぜか未踏の地だった。今、おじさんになって、そのライブハウスに足を踏み入れるとは思ってもみなかった。
そこは、ご本人がメジャデーでビューした際に最初にライブをした場所だったので、今回もそれがゆえに選んだ場所だったのだそうだ。私も20年以上行きたいと思っていたのと重なるその想いが運んでくれた、到達地(ちと大げさ)。

開演間近に行くと、チケットには「スタンディング」と書いてあったが、席が50席ほど用意されていて、すでにその席は埋まっていた。
当初の予想は杞憂に終わったが、それでも関係者席を含め100名もいるかいないか。今まで行ったプロの人のライブでは一番少ない客数だったかもしれない。
ご本人も「立ち見ですみません」って言っていたので、いつものライブはもっと少ないのかもしれない。
そして、来ていたお客さんの年齢層。さすが20周年。自分も含め、"かつて若者だった人達"がほとんどだった。

しかし、人数はともかく、始まってしまえばそこはプロのシンガーだった。
というか、実はCDではきれいな歌声だと思っていたが、正直、最新のCDの音量がなぜか低いので、もしかしたら声量がないのかも、という疑惑もあったので、そんなに期待していなかったのである(あれはCDの作りがおかしいのかもしれない)。
20周年なので、デビュー曲(アルバムからなのでそういうのか?)に始まり、懐かしい曲の数々が、しっかりした歌声で胸に響いてくる。
想像以上に。
さすがに20年、ずっと歌い続けているだけのことはあるのである(上から目線で失礼)。
そして、お客さんの数が少ないからこそできるのかもしれない、1人1人の視線をしっかりと受け止めながら歌い上げるその姿勢。
また、目を閉じて歌に全神経をそそげば、本当にそこにお客さんは自分しかいないのではないかと思えるほど、1対1で対峙して聞かせてくれるかのような感覚になる。
思わず「素晴らしい」とつぶやいてしまうほどだった。

このところ、精神的に微妙に安定しない日々が続く中で、今日は久々にゆっくりして、そして心にしみいる曲を生で聴く。こんなに贅沢な時間はない。
そして、その歌詞に励まされる自分。

♪泣いたり笑ったり 繰り返す毎日
 きっと誰でも 新しい自分を探している

 悲しみの数だけ 強くなれるのなら
 眠れない夜が続いても いつでも
 傷つくことなんて優しくなることと 恐れずにいたいの

(『東京の空』より)

20年、すべてが順風満帆ではなかっただろう。
でも、歌うことを続けていて、ライブができることを楽しんでいるかのようでもあった。
そんな楽しそうな彼女を見て、私も元気になった。
ありがとう。
そして、いまさらながら、また応援したくなった。
次のライブも行きたい。

と同時に。
やっぱり上手い人の歌を聞くと、自分も歌いたくなってくる。
結局、なかなかできていないのだが、ホント、歌いたい。
いまさらながら、この声を活用しないのはもったいない、と思える。
なんとかしようかな。
なかなかすごい。
http://www.tepco.co.jp/index-j.html

東京電力トップページに、福島の原発事故の被害に遭われた方が賠償請求するための連絡先として、どーんと電話番号載ってるのだが、その下の文言。

「耳の不自由な方につきましては、ご家族やご支援者の方を通じて下記連絡先にお問い合わせいただきますようお願いいたします。」

通常、耳の不自由な人のことは考えてないから何も書いてないってのはよくあるパターンだが、わざわざ書いてあるってことは、FAXするな、メールするなってことなのである。
つまり、今は対応が大わらわでFAXやメールしてくれても読んでる場合じゃないから、とにかく電話なら、すぐに話がつくから電話してくれってことなのだと思われるが・・・。

まぁ前代未聞の事態で、とにかく無視してるわけじゃないんです、大変なんです、って姿勢はわからなくもない。
でもねえ。
正直な話、聞える人が電話したって、わけわからないような話なんですよ。
それを人づてに解決してくださいっていうか、君たちは直接連絡しないでくださいっていうのが誠実な対応とはとても思えないですよね。
まぁ、とりあえず書いてはあるけど、実質的には無視してるのと同じっていうか。

本来なら、一軒一軒回って対応を協議すべき事態なのではないだろうか。どうせ煩雑になることがわかってるのだから、その方がかえって楽になるような気がする。
それが無理なら、もう個別対応とか止めて、ある範囲の方は、一律いくら、とかにした方がいいのではないだろうか。
なんか無駄に反感煽ってるだけのように思える。

取り返しのつかない過ちにあわてふためくのはわかるが、その後の対応を、また間違えてはイカンよ。
時間はないんだろうが、もうちょっと頭使おうよ。
今日は調布市の防災訓練を見学してきたのだが・・・

当初は行くつもりはなかったのだが、なんか家人が「今年は防災訓練に手話通訳がつかなくて、防災課に確認したら、手話通訳は個人個人で頼むことになってた」ということなんだが、それってそもそもがおかしいだろって思ったので、私は家人の通訳兼務ってことで同行した(っていうか連れて行かれた)。

↑なぜおかしいのか? よく考えなくてもわかるのだが、防災訓練って、とりあえず災害を想定して、本番に備えて行なうものなのである。
だったら、手話通訳の手配とか、本番に備えて「もし災害が起きたときに誰がどこに行くか、という前提のもと、手話通訳もその訓練が行なわれる(本当の時には避難所になる)会場に配置を考えた上で手配しておくべき」であると思う。
それを1人1人が前もってFAXして通訳依頼してなんて・・・それはつまり調布市では災害が起きた場合に手話通訳の配備はまったく考えていないってことなのである。

もうそれだけでも噴飯ものなのだが。

10時過ぎくらいに会場に着くと、どこで何をやっているのかよくわからない。とりあえず市報によると9時半から10時40分まで大災害を想定した訓練を見せていたはずなのだが、何かをやっている気配がない。
起震車のところには体験を待っているのか人がいっぱい並んでいるが、それもいつ始まるのかわからない。
とりあえず、カレーの匂いがするので、もらえるのかなー、と思って覗いてみたら、なんと後に列ができてしまった。しかし、いつ配られるのかもわからない。
ようやく、カレーが配られるのは10時40分からということがごにょごにょと伝わってきたが、放送があるまで待ってってことが、私および前に並んでいる人達には伝えられるが、誰かが指揮してそれを伝えている様子もない。
で、とりあえず、10時40分に配布が始まったのだが、その後、食べた後の容器をどこに捨てるのかも準備がされていない。とりあえず、炊き出しを手伝っていたおばちゃんが「そこにビニール袋あるから、それでいいか」って言って回収してたが、誰もそれを管理していない。

え、コレは何? 単なる統率の取れてないカレーの配布会?

普通はもらえるもんもらってお腹も膨らめば気分もおさまるのだが、頭に来た我々は「本部テント」って書いてあるところに乗り込み、市の防災担当にお説教。
っていうか、私は怒りをぶちまけた。
「3月に東北大震災が起きたばかりなのに、この有様はなんだ! 訓練だからって甘え過ぎだろ!!」
家人と友人、および友人の通訳として来た人は、聞えない人のことについて切々と訴えていたが、正直、聞えない人だけの問題ではない。
そんなカレーを配ることすら誰も指揮してできていない、どこで何をやっているかもわからないような訓練をしてたら、本当に災害が起ったときに、避 難所に来て、誰も何もわからないままに無為に過ごすことになるだろう。それこそ、けが人や高齢者、障害者、一緒くたになって右往左往することが目に見えて いるのに、訓練の段階から、こんな「何やってんだろ!」って思える有様じゃ、本当に何かあったら、到底乗り越えられるものではない。
というのは、すでにこの半年ほど前に経験済み、実証済みなのに、なぜ気がつかないのか、調布市。

2年前にも訓練見に来て、「手話通訳がどこにいるかわからないから見ようもないし、車椅子の人は入れないし、スタッフ的な人に聞いても誰もわから ないし、そんな統率の取れてない訓練やって意味がありますか?」ってことを言っておいたのに、この東北大震災があった年に、さらにレベルダウンをしてる調 布市。

あれこれ言い訳してくれたが、震災の経験がまったく生きていない、どころか、真剣味がまったく感じられない。
本部テントで座ってる防災担当の服来てる奴らの椅子、全部蹴り上げて帰ってやろうかと思ったくらいだ。

訓練を終えて、職員とか集めた訓辞で「震災の教訓を生かした叡智を結集した訓練ができました。5年後、10年後、必ずや関東大震災が発生するとの 予想があります。皆さん生き延びてください」とか言ってましたが、ええ、生き延びますよ。あんたたち行政の叡智とやらはまったく頼りにせずに!と思いま した。

訓練のための訓練やるくらいだったら予算の無駄なだけで無意味である。
調布市には本格的に見直しをしてもらいたい。
でないと、大量に死ぬぞ。市民が。
つぶやきでもちょっと書いたが、大阪府知事だった橋本氏が大阪都構想とかかかげて大阪市長選に出るらしいが、その任期満了せずに鞍替え出馬ってなんで認められてるんだろう、と思う。
選挙に出る時点で任期ってのがあるってことは、我々お馬鹿な庶民でもわかっていることで、お偉い方々なら当然のごとく知っているはずだろう。そして、その任期で自分の持っている政策を実現すべく、公言して選挙を戦い、それが選挙民に認められて運良く当選するわけである。
ということは、政策も含め任期も選挙民から与えられた投票に対して完了すべき事項ではないのだろうか?
それなのに、多くの政治家は他にやりたいことができたからってな、なんか会社に入って、「やっぱここは俺のいる場所じゃねーよな」ってほざいて辞 めてしまう性根のない新入社員のように、わずか4年足らずの任期も満了せず、さらにささげた政策も実現させず、鞍替えで他の選挙に出てしまう。

そんなたった4年足らずの任期に対する責任も果たさない、ましてその任期での政策プロセスの視野もないような政治家が政治をやっているからいつまで経っても世の中良くならないのではないだろうか?

ちなみに普通に会社だったら、自分の抱えてる仕事放り投げてどっかいったら職場放棄である。ましてその責務に対して選挙という他人からの信任を受けての仕事である以上、それをこなさないのは背任ではないだろうか。
そして、そういうことができないようなきちんとした取り決めをしてほしいが、選挙区で負けた人が比例代表で当選できちゃったりするような選挙制度しか考えられない政治家たちには、自分たちが都合が悪くなるような制度は絶対作らないという、保身の術しかない。
だからダメだっちゅうに。

橋本氏の場合、頑張っているとは思う。でも、改革には時間もかかるということを理解しないといけない。そういう意味でもやっぱりもっと長期的視野 をもってほしい。見た目思いつきで行動しているようにしか見えないと、あとで反動が来る。それこそ、今回の都構想とか、どっかの新聞にも書いてあったが、 大阪だけでなく、愛知も神奈川も同じような問題を抱えている地方自治体もあるわけで、それを大阪だけ(しかもすでに大阪は他と比べても衰退しつつあるの に)やっても意味がない。
己のことだけ考えずに、広く周りを見渡してから決断してほしかったが、もう遅いね。
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Twitterではいっぱいフォローしてもらってるけど、さっきmixiにも書いたけど、このblogとかも関係者だーれも見てないって感じにはなっちゃうけど、とりあえず書いとく。
たぶん、関係者であっても、よくわからん話になると思うけど。

昨日は前の職場って言い方もあれだが、文具ストアによーくお買い物に来てくれていた建築学科の学生達が企画をして送別会を開いてくれた。
参加してくれた十数名の面々もさることながら、その倍くらいの学生も書き込んである寄せ書きをもらったんだけど、それにみんな思い思いにギッシリ書いてくれてて、こんなにビッシリな寄せ書きをもらうのって久々だったから、すっごくすっごくうれしかった。
確かに建築学科の子達には率先していろんなサービスをしてきたけど、それはやっぱり店長とお客様として、頑張ってる学生達には少しでもこちらも応 えなくちゃってつもりで当然のことをしたまでって思ってたんだけど、学生達から思った以上に感謝されてたってことが不思議で、自分としては、お客様に喜ん でもらえるサービスができてたんだなぁ、って、ちょっと誇りに思えた。

学生達と話をしてて、「俺って結構お客様なのに叱っちゃうこと多かったでしょ」って言っても、そこにいた子たちは、「叱られたことなんて記憶にないですよ。すごいアドバイスとかしてもらったことしか覚えてない」って言われて、これもまた驚いたことだった。
文具ストアを去らなければならなかった理由の一つが、私の態度がお客様に対して厳しすぎるってことで、それに文句を言ってた学生もいたってこと だったんだけど、私としては、大学の中だから許される行為であっても、社会に出て恥をかく前に強制しておかなくちゃ大学の名が傷がつくってくらいの思いで ビシビシ言ってたりしたんだけど、やっぱり人の捉え方によって、それは恨みにもなれば感謝にもなるんだなってことで、己の正義が誰にも正義になるわけじゃ ないってわかってはいたけど、でもちゃんと理解してくれている学生がいたってことが、なんかうれしくはあった。

と同時に。
私は今までのやり方として、実力行使、強行突破みたいなやり方でしか生きてきてなくて、とにかく自分の正義があって、それが世の中として正しいか どうかよりも、とにかくやるしかねぇってべらんめえ調なところでやってきたんだけど、それがやっと自分の自信的なところには繋がってきて、世の中胸張って 生きていけるって感じにはなったけど、どうも世の中それだけじゃ、というか、そういうやり方には限界があるなーって1年くらい前から思えていて、果て、そ れでどうするべ?ってことには少し煮詰まっていたのである。

今までのやり方でも、ある程度は通用する。それは今までやってきてわかったことだけど、でもそれはそれこそ文具ストアレベルと言っちゃ悪いけど、 そういう世界までで、その先をもし見るなら、全然ダメなんじゃないか、ってことでもあって、「小さくまとまんなよ」ってどこかで言ってるあの人には遠く及 ばない・・・って思ったから、さっさと"今の自分"に見切りをつけたかった、ということでもあった。

学生達から見たら、たぶんすごーく大人で、今の自分として一通り完成はしているけれど、でもその程度の完成度じゃなくてもっと進化をしたい、ってステージを作っていきたいってところで、これからの自分がある。
ってところで、学生達からの賛辞を一つの区切りに、それはそれ、これはこれ、ってことで、次会うときにはもっともっとスゴイ人になっててやろうっ て思ったのであった。今を否定せず、でも今よりもより多くの人が納得できる、敵を作らない人に。なれるかどうかわからんけど、でも、たぶん、そうじゃな きゃいけない。

私の力がマイナスに働く恐ろしさってのは知ってるから、その力を逆向きに有効に使えるように、きっと世の中にとってもそれがプラスに働くはずなので、応援してください。

ということで、前の記事で「今度の職場は」とかって話をしちゃってて話は前後しますが。
ここでのご挨拶も期間限定で消してしまいましたので、その後は特に触れてなかったんですが、実は8月末に転職しました。
関係者のみなさまにも、また多くのお友達にも、ちょっとバタバタしててご挨拶が行き届いてなくて申し訳ありません。

前の仕事は大好きで辞めたくはなかったんですけど、まぁいろいろとあって辞めざるをえない状況ができてしまいまして、で、辞めると同時に拾ってくれる人がいまして、このご時世なのにプーにならずに済んでおります。ただ正直に言うと暫定的に、ではありますが。

で。
何をしているのかというのはちょっといろいろあってアメリカ方式でいこうということで、ナイショです。
そのうちバレてしまう事態もあるとは思うのですが、自分の口からは大っぴらに言いません。
とりあえず、都心の一等地にある秘密基地で働いております、とだけ言っておきます。

すでにご存じの方。
前の仕事の間サボり過ぎてたというか、全然そっち方面をやろうと思ってなかったので、約6年で腕が鈍りまくりで、正直不安だらけですが、精進してまいりますので、今後ともよろしくお願いいたします。
一昨日の台風の日、私もある意味帰宅難民と化していたわけだが、元々想定内でもあったので、特に動じることはなかった。

京王線が止まったのはある意味想定外ではあったのだが、それでも最悪は帰れないということを思っていたので、まぁしょうがないかな、という感じだった。
そう、危機管理にというか、人間最後は「あきらめが肝心」だと思った。

今度の職場にも基本バイクで通うようにした。
今回は実際は電車で通う方が楽だし、時間もそれほど変わらない、むしろ道が混むとバイクの方が遅いし、電車の中で本も読めないからあまりメリット もないのだが、これは、あの震災の日、帰宅難民ということと全く無関係に帰れたり動けたりしたのはバイクだったからで、その機動力を捨てるのはもったいな いと思ったからである。

ただ、意地になってバイクで通う必然性もない。一昨日などは迷ったのだが、台風の中をバイクで危険を冒す方がバカだな、と思って電車で行って、帰宅難民となった。

ただ、選択肢としては「帰らない」という選択もあったのだが、職場の床に寝っ転がるのはあんまり気持ちのいいものでもないし、すでに帰りの時点で雨も止んでいたし、最悪は全部歩いて帰ってもいいし、実際歩くとどうなるか、をある程度知りたかったので帰る方を選んだ。

で、丸の内線は普通に動いていたので新宿までは帰れたが、新宿であの混雑だったわけである。
ここでも、我慢して混雑に飛び込む、か、歩いて帰るかの選択肢のうち、我慢した方が体に良くないと思ったので歩く方を選んだ。
で、歩きつつ、どっかでタクシーを拾おうと思って、ホントは全部歩いても良かったんだけど、タクシーだといくらぐらいかかるのかも知りたかったから、タクシーを拾った。

という感じで、今回はそれこそ、自分が帰る時間には特に身に危険が及ぶ事態ではないという幸運もあったので、あれこれと今後のためのケースを想定するような選択をしていった。

そう、人はこうして1度経験して、想定内にしておくと、たぶんそんなに慌てなくて済むはずなのだ。

東京都が今回の台風をふまえて、企業に無理に帰宅させないとか、社内に備蓄を作るとかする条例を作ろうって話が出ているらしいけど、それって、私が思うに、前の震災で気がつけよって話だし、それに備蓄があればあったでうれしいけど、それって会社に強制させる話?って思う。
都会はコンビニも充実してるのに、1人1人の心がけでどうにかなるんじゃないだろかうか。
それに、備蓄させるよりは、台風が近づいたら休みにしちゃうとか、そういう方がいいんじゃないの?って思う。出社させといて、帰れないから帰しません、って、なんか働けるだけはとにかく働け、ってわけで、そんな優しくない社会を作りたいのだろうか。
まぁ日本人の意識ってそんな感じだけど。

いずれにせよ、ホント、最後は「あきらめが肝心」。
あれこれ予想を立てて行動することも大事だけど、最終的にはどうにもならないこともあるから、なるようになるし、ならないようにならないことには逆らわずあきらめる、ってことでいいんじゃないのかなぁ、と思ったのでした。
それって危機管理してねえ!って言えるけど・・・。
つぶやきでも書いたが、広島生まれで広島育ちの私としては、今日はやっぱり特別な日である。
にもかかわらず、8時15分に黙祷をしようと思っても、NHK以外のラジオやテレビでは平和祈念式典も伝えてくれないし、その時間になにもそのことに触れられてはいない。
だから、NHKが入らない地下のお店でひっそりと1人、パソコンの時間を見て、黙祷をした。

本当は、昨日見た「この世界の片隅に」の感想を書くつもりだった。
正直、ドラマにしちゃうと、あのマンガの良さはなにも伝わらないというか、ストーリーを駆け足でなぞるだけでは"実写化"という言葉もあてはまらないほどにお粗末な内容だったなぁ、と思った。
キャストも、お姉さんがハマリ役だと思ったくらいで、他は・・・だし。
でも、少しだけでも戦争のことを考えるドラマを作る意思があるテレビ局には、ちょっと救われる思いがする。

私も含め、すでに多くの人が戦争を知らない世代になって、いつまでも謝罪や償いなんておかしいだろって意見を表立って目にするようになった。たぶん、今後はそういう意見が主流として取り上げられていくのかもしれない。
でも正しい戦争なんてものがなくて、人が人を殺して、なおかつ、原爆のように大量に殺され、いつまでも苦しみや不幸が続いていくことに対しては、断固として反対というか、拒絶していかなくてはいけないと思うのだ。
今年もちゃんと火垂るの墓を流してくれるんだろうか。あの映画は悲しすぎて見れないけど。

今年は奇しくも福島の原発事故(?)もあって、核についてまたあらためて語られることが多くなった。原爆と原発は同列に話せることなのだろうか? と疑問に思わなくもないが、いずれも人災であることにかわりなく、そして、どちらもコントロールをできないまま、どこに向かっていくのか、まったく見当が つかない。
私的には本当に完全にコントロールできて、安全ならば原発ってあってもいいとは思うのだが、どうやら現状の技術ではコントロールできていないようなので、それだったらまだそこに頼ってはいけないのではないかと思う。
だから、研究はするべきだとは思うが、人の命を軽んずるような乱開発というか、できもしないのに安全を約束して、ぼんぼこ作るのは間違っていると思う。
そう、大切なのは命。
国の方針とかどうとか、考えるのなら、まずは国民の生命を守るのが第一と、それを考えて方針を決めて欲しい。
たぶん、電気がなくても食べていけるけど、放射能がダダ漏れしたら生きていけないんだから。

そう、自分たちのことは自分たちでやるから、国やら上の人はどうでもいいとも思うんだけど、少なくとも人の上の立つような人は、下々のというと変だけど、周りへの配慮として、「守るべきものは守る」という姿勢というか、覚悟はみせてほしい。
責任を取る気がないなら人の上にいるな、と思うのだが、どこの組織の上の人も、そういう姿が見られないから困ったもんだと思う、今日この頃であった。
ま、他にやる人もいないんでしょうけどね。
それに、いきつくところはやっぱ金であって、金がないとなにもできないって状況まで同じっていうのが、何か悲しいけどね。
あ、これ完全に愚痴やね(笑)
20代前半の頃から「40歳くらいに見える」って言われて、いざその40歳くらいになった現在、自分が何歳くらいに見えるのか、あらためて特に聞いたこと がないので、それこそ年相応に見られているのか、それともまた50歳くらいに見えるとかになってるのか、よくわからない。

自分としては、いつまでも精神年齢変わらず若いままって気分ではいて、でもさすがに最近は体力の衰えもあるから、それなりに若くはないよなーって 思ってはいるけど、別にしっかりもしてないし、落ち着いてもないし、相変わらずバカなことばっかり考えてるし、まだまだ若造だよねって感覚でいる。

でも、仕事上でもいろいろと重役も担わないといけないし(って、これは周りがしっかりしないからだけど)、一挙手一投足が大人としての言動ということで受け取られるし、あまり若造のままだしなぁって思ってられない部分もある。

つい最近、昔は人生50年って言われてた時代と、80歳まで平均寿命が延びちゃってる今とで換算すると、今の40歳の人は昔の26、7歳くらいに相当する、とかいうようなものを読んで、妙に納得はしたんだけど・・・

でも実は自分の経験値が半端なく、何でもできちゃうので、60歳とか70歳の人と話してても、「もしかして自分の方が年上?」って思えたりするこ ともあるので、あんまりあてにもならない。っていうか、経験値だけから言ったら20歳の時にすでに50歳程度って言われてたし。そうすると今は100歳か (笑)

孔子曰く、「四十にして惑わず」らしいのですが、惑いっぱなしの私は、あと半年ほどでそんな心境になれるのでしょうか?