2007年10月アーカイブ

電話

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私の携帯電話はほとんどメール端末と言ってよく、イベントをやっている時以外は音声着信をすることがほとんどない。
いや、ほとんどないどころか、1日10回くらいはメールの着信があっても、音声着信に関しては半年に1回くらいという感じだ。
しかも相手はだいたいが親父だったりとか、そんな感じ。だからたまーにどうでもいいときに突如メールではないバイブ(メールだと5回でバイブが切れるが、音声だとずーっとなっている)になったりすると、ドキドキしてしまう。家族に何かおこったんじゃないかとかそういう、不安にかられる。だいたいが、携帯は持っていてもなにげに不意に出ることができる機会というのはそう多くもないので、バイブしてるのを気がつきつつも、運転中とかで出られなかったりすると、何か不幸があったのではないかと思ったりと悪い想像がふくらんでしまう。
それでいて、会社からの電話なんかだったりすると、「明日でいいのにバカ野郎」と思うわけなのだけれど、それでいて異常に安心したりする。
まぁそういうふうに思うのも、親不孝にあんまり連絡取ってないからなのかもしれないが、まぁ便りのないのは良い便りと思ってもらうしかなく、であるからこそ、たまの連絡におののく自分というのも滑稽なのかもしれない。

ちなみに私は「あんまり電話好きじゃない」とか言いながら、一度始めるとなかなか切れなかったりする。嫌いなんだか好きなんだか分からない状態である。前は相手のコードレスフォンの子機の充電が切れるまで話すとか、よくやってたなぁ。
最近は、ホントに電話、しなくなったよ。
なんでだろうねぇ。
赤福の賞味期限偽装が明らかになり、お伊勢参りの頃から続く伝統のお土産?というか老舗がここで果たして消え去ってしまうのかというのが注目されるわけではありますが、今のところ無期限の営業停止にはなっておりますが、たぶんに何かしらの形で再開するんだろうなぁという気がしております。
なぜなら、日本人はブランドに弱いから。
雪印の時も会社自体はなくなってしまったのかもしれませんがブランドは生き残りましたし、不二家も結局ぺこちゃんのブランドが強かった。白い恋人もおそら立ち直るでしょう。
企業も信頼が大事とか言いますが、結局それでブランドが確立されているかどうかも大事で、そうでなかったミートホープは消えてしまったわけで、信頼を築いていたはずのブランドが何十年も前から不正を行っていたってことは、本来は"ずーっとインチキなブランド"だったはずなのに、結局は「愛着がある」の一言で残ってしまうのは、信頼って結局はそういうところに根ざしているのねってことで、なんか名前売ってる方が勝ちってのは人がいかにイメージに流されやすいかって証拠でもあると思う。

ただ、雪印の時は会社そのものは消えちゃったのに、不二家が生き残ったのは、支援先があったからでもあるけれど、なんとなーくみんな「またか」って思って慣れてしまったことや、直接の被害者がいなかったからではないだろうか。そういう意味では今度の赤福も白い恋人も、内部告発で偽装が分かったとはいえ、それで誰かが健康被害を受けたわけでもなく、そういう意味では立ち直りが早いんじゃないかなぁという気がする。
対して昨日発覚した比内地鶏の件は、結局は食べて気がつかなかった消費者もマヌケだし、騙されてたとはいえ美味しく頂いちゃったところでは誰も損していないのだが、果たしてそのブランドは自前じゃないし、このあと何で儲けていくのか不透明って部分では果たしてうまく立ち直れるのか見ものだと思う。それほどの会社でないとミートホープのようにあっさり消えてしまうのだろうか。
「中小にとっては信頼が大事」ってことになるのかもしれない。肝に銘じたい。ってか、うちの上役とか取引先に肝に銘じてもらいたい。

で、表題の通り、私は甘党ではあるが、赤福ってそんなに美味しいとは思わない。一度食べれば十分である。あんこがくどい。三重には似たような『御福餅』ってものがあるらしいが、そちらが味も同じなのかどうか食べてみたい。
赤福がこけて、今がきっとチャンスだろう。ってか、規模を広げれば同じことをせざるをえないのだろうから、地道に地元で頑張ってほしい。
ちなみに、赤福がその偽装を江戸時代から行ってたって言うんなら、それはそれで『伝統の偽装の味』ってブランドも確立できるのかもしれないって思った次第なのだが、冷蔵云々だから、早くても昭和に入ってからだろうな。
先日、うちの近くの銀行のATMがビル内で正面の壁側から右側面の壁側に移動した。
ちなみに、移動した場所にあったのはパチンコの景品交換所で、その景品交換所が移動というか、交代したって感じでビル正面に来てて、普通そういうのって、隠れた場所にあったものなのに、堂々と正面に移動するなんて、世の中の価値観てのも変わったもんだなぁ、と思ったが、もう一つ、銀行のATMの移動ってのがそんなに簡単にできることに驚いた。
まぁ言ってみればATMだって、どっかのコンピュータと繋がっているとはいえ、電話線一本ありゃ今ではどこでも開設できるようなもんだろう。そう思えば、電話線一本はどこの家庭にも繋がってるわけで、ハッカーのような人達が、それに侵入して悪いことしようと思うのもしょうがないようなぁ、という気になった。だって、その重要さというか、なんか大事さが感じられない。機械を入れ替えればもう銀行が別の所に移っちゃうんだもの。ちょっと頭が良ければ、「侵入、試してみよっか」って気分になるのもしょうがないと思う。

先日、首都圏では自動改札のプログラムミスで大混乱というか、JRの取った方法はもう収拾つかないので、とりあえず改札を開けておくという方法だった。
なんか調べによると、かなりレアなバグだったらしいけど、そういうちょっとしたバグで、260万人も電車タダ乗り状態になってしまうところに、今の何でも自動化、そしてネットワーク化への問題が潜んでいると思う。
っていうか、朝のニュースでは「電源が入らず」って言ってたんだけど、そう、何でもかんでも電気に頼った生活してると、電気が来なくなったら大変なことになる。

例えば、私がテロリストだったとしたら、まず、発電所を狙う。これは日本だけでなく、先進国どこででも通用する手口だと思う。電気がなくなれば、当分の間、その国の機関は混乱する。そして、次は電話交換やデータセンターだ。これも今の何でもネットワーク化された時代にあれば、ちょっとふっとばしてしまえば、おそらく相当に混乱する。
そうして、人も殺さず、大混乱を演出できるわけだ。
ハッキリ言って、イラクなんかで何人人殺ししようが、そんなの先進国にとってはどうでもいいことだと思う。それより、そうした何不自由ない電化された生活を送ってる先進国で大混乱を誘いつつ、いろんな要求する方が、簡単かつ確実で安全なのに。私からすれば、今のテロとの戦いとか言ってるのって、何かしら愉快犯の犯行で、演出された中で、戦争屋が起こしているとしか思えないよ。たぶんに、そうなんだと思う。犠牲になる人は無駄死にですごく可哀想だ。

と、話は飛躍してしまったが、そのうちに、今の愉快犯っていうか、政治的に操られているどうにも歴史がかったやり方ではなく、本当にそうしたことをやる輩が出てくるハズである。
そうなった場合に、何を持って「テロとの戦い」とか言っていくのか、難しくなるだろう。
それ以前に、そうした倫理観が消失していくこのリアリティーの薄い電化社会をどうしていくのか、そっから考えなくちゃいけないのかもしれない。

亀田考

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昨日は亀田次男対世界チャンピオンの試合があって、順当に世界チャンピオンが勝ったことに国民のみなさん?が安堵したり、亀田家に非難を寄せたりで大きなニュースになっているんだけど、そもそもそんな国民のみなさんが気にするようなほどのことだったのだろうか、というのが大きな疑問。
朝青龍の仮病疑惑のときもそうだけど、正直、明日の我々の生活には全然関係ないじゃんってなことをさも重大なニュースのようにとりあげて、それで引っ張っているわけだけど、果たして国民のみなさんはどこまでメディアに踊らされなければならんのかというのが気になってしょうがない。
そんな私も、このニュースにひっかかっているわけではあるけど、でも通常にスポーツとかボクシング見るのが好きで、まぁ変な一家が出てきてちょっと話題になってるって認識な程度で、その人達が多少品が悪かろうが、ビッグマウスだろうが、そんなのはショーの世界ですから今までもいくらでもいたわけで、それをことさらに取り上げたり、負けてしまったら手のひら返して落としてみたり、要するに他に取り上げることがないんだなぁマスゴミはって思ってりゃいいのに、なんかそこに乗っかってテレビ局に苦情を言ったりするのもバカじゃないかと思う。

今でさえバカみたいなコンテンツしかもってないテレビ局が2011年に地上デジタルに移行することに何のメリットとか必然性も感じられないわけだけど、こうしたバカコンテンツに結局乗せられて視聴率が大幅アップしてるようじゃ、まぁ国民の大多数はそれに不便を感じないんだろうなぁと。
今持ってるテレビが勝手な都合で粗大ゴミになっちゃうって、それは非常に社会問題だと思うんだけど、そういうところに目がいかないように仕向けられても結局それで納得しちゃいちゃいそうだなという気がする。

アンチだろうがそうじゃなかろうが、作られたヒールに一喜一憂してちゃうバカさ加減に、そろそろ気がつこうよ。
昨日の試合で亀田次男が投げ技打ってる場面って、『ロッキー4』のドラゴが試合劣勢になってロッキーをかかえあげて投げてる場面とかぶって、なんかホントに劇場的に作られたもん見せられてる気がして「もういいよ」って思ったんですけど、そういう演出だったんじゃないかなぁって思うのは私だけでしょうか。
mixi日記に移行しまくって、もうそろそろこのブログも誰も見ていないだろう、というところでちょこちょこと書いていこうという魂胆。
もしかしてRSSでリードしてる人がいたらそれはそれで笑えるって言うか、奇特な方もいたもんだということで申し訳ないが、再開は自らのボヤキからである。

今年は春にピークを合わせて来たので、その勢いから6月くらいまではなんとか調子良かったけど、そのあとカープが交流戦で地を這うように負け続けるのに合わせ、こちらの勢いもなくなり、夏の暑さで、ハイ、バテましたって感じになって、8月末からは体調も悪くなってそのまま戻らずである。
ある意味、昔ベータが「鬱だよ」って周りにまき散らしていたごとくにはなってないんだけど、正直、周りに不機嫌を漂わせていた部分はあって、それでも自分周辺のことでは期待に応えて何でも何とかなっちゃうから何とかしたりしてたけど、それもどうせやることやっても甘やかしてるだけだろうとか思えるようになると、もう自分のモチベーションも上がらなくなって、投げ出したいのはマウンテンマウンテンだけど、まぁそこは大人のふりして何事もなく見せてはいたのだけど、ハッキリ言ってそれもやっぱりやめておけばよかったと思った。
そういう身の回りのこともありつつ、なにげに自分を支配していたのは厭世観だったりして、どうにも身近なことには太刀打ちできても、大局的には自分が何したって世の中変わらんわいってところにまた嫌気がさしたりして、先週は、♪スカーフが決まらないそれだけで死にたいと思う、くらいにはなっていたけど、もうそこが底ではあったから、昨日一日自分の状況をチェックして、まぁあせらずとりあえず2月くらいには元に戻るくらいにはしようかなってことで。
今日だからこんなこと書いてますけど、昨日までは何がなんだかだったし。先週はそういう状況でありながら、「早くなんとかしなくちゃ」って思ってたし。どうせダメならダメでどうにもなんないんだから、焦っても無駄なのに。
なんとか脱しました。
11月、まして12月もまだ本調子ではないというか、どうでもいいやって気分だとは思うので申し訳ないけど、たぶん形にはするとは思うけど、自分の中ではダメダメなので、あまり期待しないように。
という感じなので、小さなことからコツコツと。なるように。
普通、秋の方が調子良いハズなのに、今年は変だということで。
まぁ8月10日の転機はきっとそういうことだったのかなと思いつつ、でもまだあと1ヶ月ちょいあるから、それだけ気を抜かないようにしようかな。
でもそれもなるようになるということで。

で、これを書きながら11月11日に鈴木祥子さんのライブがあるのを発見してしまったので、行ってしまおうか、という気分です。
明日まで席あったら申し込んじゃお。

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