プレゼント

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人にプレゼントをするのは好きな方である。
もらった人がどのように喜んでくれるか、を考えると、プレゼントを探すのに自然と力が入り、自分までうれしくなってしまう。
そう、人の喜びが自分の喜びになってくるっていうのは、今の姿勢にも通じる。
喜ばせるために情報を集める。知恵を絞る。工夫を凝らす。
こんなにも楽しい作業は他にはない。
何にでも共通してできればいいと思う。

プレゼントをあげても喜んでくれない人がいる。
「邪魔になる」とかなんとか、そう言われてしまうと、あげる気も失せてしまう。
と思っていたのだが、それはプレゼントを物としてしか捉えていない自分の即物的な貧しさでもある、と思うようになった。
喜ばせること、そのものがプレゼントだと思えば、何か物をあげることだけがプレゼントではないはずだ。
相手を喜ばせるために何ができるか。それをとことん考えればいい。

昨日のテレビで「相手が変わることを待っているだけでは見方が一片だけでつまらなくなってしまう。自分が変わって相手への見方を変えれば、どのようにでも楽しめるし、付き合い方の幅も広がる」というようなことを言っていて、あぁそうなんだなぁ、と思った。
相手がつまらない人なのではない。
必ず喜ぶ、喜ばせる手段があるはずなのだから、それを考えればいいのだ。
相手に喜んでもらってこその価値があるプレゼント。
突き詰めてみよう。

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このページは、zyoyatakuが2008年4月30日 23:33に書いたブログ記事です。

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