知らされていないのか、知ろうとしないのか

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うちの職場で話をしていて、来年の5月から裁判員制度が導入されることを2人も知らなくて、6人中2人知らないって、まぁ母数集団少ないけど、3分の1は知らないってことで、もしかしたら世の中そんなもんなのかもしれない、と思った。
でも、その知らないままにいざ人を裁くってことになっていいんだろうか?
まぁ元々知ってたって、それで積極的に法律的な知識を増やそうとしている人だって微々たるものだろうから、所詮素人にやらせてどうなる?って制度なわけで、私は反対ではあるんだけど、でもとりあえず開始されることは決まってるんだから、そんなに知らない人多数でいいのか、と思ってしまう。

後期高齢者医療制度にしても、実際導入されることを知っていた人はどのくらいいたのだろうか?
たぶんに、支払う額の多寡ではなく、知らなかった→でもいきなり年金から天引きされた→ひどい制度だ、というリレーができあがって、その制度の善し悪しとか何も関係なく、とりあえず「知らないうちにお金支払わされた」と思ってる人が多いんじゃないかと思う。
実際のところ、保険制度はかなりへんてこりんなことになってて、ちょっと今のうちにお金もってる老人に出してもらっておかないと、若い人の世代になったときに崩壊してたらにっちもさっちもいかないから、ちょっと今のうちに切り離せる部分は切り離しておこう、ってものがなきにしもあらずなのに、それをまた元に戻しちゃったら、「若い人はみんな大変だけどいい?」ってことを何も説明せずに野党は元に戻せとか言ってるけど、それって本当にそういうことでいいのだろうかというのを、誰も知らない。知ろうとしない。

この国ってそういう姿勢の人、多くないだろうか。とりあえずお上任せで特に問題がなけりゃいい。でも突然我が身にふりかかってくると「どうなってるの?」って思う。それ、だいぶ前から決まってことなんだけどなぁ、って言っても知ったこっちゃない。とにかく「今を何とかしろ」と言っちゃう。それで問題は先送りなのである。

知らせようとしていないのか、はたまた知ろうとしないのか。
どちらでもあるんだろうけど、とりあえず、少しくらいは我が身に降りかかりそうなことは情報仕入れておきましょうよ。

まぁそういう姿勢がないから、どんどん投票率も下がって、政治離れも進むんだろうけどね。
でも、結局は自分に返ってくるんだよ。
もうちょっと、世間に関心を持つことが、実は自分に関心を持つことだって知ろうよ。
それとも、自分のこともどうでもいいんだろうか、この国の人達は。
まぁ、我が身を振り返るのは、痛いからね。

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このページは、zyoyatakuが2008年7月 2日 01:30に書いたブログ記事です。

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