2009年7月アーカイブ

友人の死

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訃報が届いたのは昨日の朝。
友人がその前日に突然亡くなったという連絡だった。

一つ年下の彼は、年下といっても自分のいる世界ではある意味先輩であって、聞こえない人から手話を教わった初めての人でもあったし、その後パソコンのことやら自転車のことやら、いろいろ教えつ、教えられつつしたなぁという思い出がある。
渋谷で働いていたころ、職場が近くにあるんでたまに飯を食いに行ったり、そこで「結婚するんだ」って話を聞いたり・・・もう何年前になるんだろうか。
結婚して結婚式に参加してから、引っ越しをしたせいもあってほとんど会わなくなっていたけど、やはり近い世界にいる分、ちょくちょく名前を聞いては「彼もまだまだ頑張ってるな」と思っていたのに。

まだ36歳。あまりに若すぎる。というか、考えられない。
何年か前にも一度倒れて、でも回復していたと聞いていてのに。
多少太り気味ではあったけれど、そんなの、もっと太ってる人は他にもいるよ。
奥様を残して、早くに行ってしまってどうするんだ。

最後のお別れで棺の中をのぞいた時に見た顔は、まだ目を開けそうだった。
話しかければ、笑顔で返事を返してくれそうだった。
実感はないけど、今でも信じられないけれど、最後の挨拶をして、お別れをした。
実感がないから、「ご冥福をお祈りする」って言葉すら、なんだか自分の中でも白々しい感じがするけれど、もう二度と帰らぬ彼の魂を、心をこめて見送るしかない。
さようなら。
また会う日まで。
今日は家人とともに「地デジ説明会」なるものに行ってきました。
通訳するつもりで行ってきたんだけど、ほとんどパワポの資料を読んでるだけだったので、それを見てりゃわかるって感じで、通訳すること何もなく、30分ほどの簡単な説明会で終了。
それにしても、そこで仕入れた情報として、社団法人地上デジタル推進協会 Dpaってところのホームページによると、
http://www.dpa.or.jp/
そういう説明会が日本全国で、しかもスゴイ回数開かれてるんですね。
あと2年、待ったなしではあるんですけど、それを開催するお金はどこから出てるんでしょう?

一番気になっていた今のマンションでアンテナから出てくる同軸の口は1個しかないのに、アナログとデジタルで同じ口でいいの?っていうのは解決できたんだけど、もう一個、字幕の問題。
説明会の人に質問したところ、テレビの字幕の出方はテレビの問題であるのと、もう一つ、各局が例えばデータ放送するときに、どこに字幕を出すかとかっているのは各局の問題であって、それは逆にテレビ側では何も操作ができないということ。
例えば、現状では画面とクローズドキャプションの字幕ってかぶって出ちゃうんだけど、ワンセグとかだと字幕はちゃんと画面の外にあってとっても見やすくすることができる。それなのに、高性能なはずの地デジ対応テレビだと、その字幕はまたもや画面とかぶっちゃって、しかも位置を動かすことができないばかりか、背景の色とかフォントの色を変えることもできない。
さらにデータ放送している時でさえ、どこに表示されるかは、その字幕放送流してるテレビ局が決めていて、上手くいくと画面とかぶらない時もあるけれど、そうじゃない時はろくでもない所に出てしまう。これは今のテレビではどうにもならないらしい。
かつて、地デジになれば字幕を画面の外に出して見やすくできるとかいう話があったのに、蓋をあけてみればそうなっていない。なんでそんなことになっているんだろうか?
全日ろう連とか、全難協とかはそういう要望をしなかったんだろうか?
っていうか、地デジの意味ってそういうところにあると思ってたんだけど、データ放送とかで無駄にリモコンにボタンを増やすくらいだったら、そのくらいの機能は付けてもいいんじゃないかと思うんだけど、どうしてそうなっていないんだろうか。
聞こえない人も、手話とかちょっと流行ってるからって喜んでないで、そういうところもっとちゃんと活動しないからこういうことになってるって、肝に銘じるべきでしょう。
今からでも遅くない。っていうか、字幕見にくいから結局見ないとかって人が増えちゃうと機能改善はおぼつかないわけだから、今のうちに声を大にしておかないと、きっと後悔するよ。

あーあと地デジの相談先って電話番号しか書いてないから「FAX番号も載せろ」って抗議しといた方がよくない?
http://www.dpa.or.jp/contact/index.html
ここ2年近く、このBLOGを見てくれていた人は「更新が減ったな」と思われていたかもしれないけれど、実はmixiの方で日記書いていたので、自分としてはあんまり減った感は感じていなかったのだけれど、はたとこの間「BLOG更新してないよね」って言われて、あぁそうか、mixiに入ってない人はmixi日記見れないわけで、確かにmixiに引き入れてしまうって手もあるけど、なにげにmixiって好きな人は毎日見てるけど、そうじゃない人のは全然ログインしてなくて、そういう意味じゃmixiに入れても結局は変わらないんだったら、クローズになってるmixiよりもまだオープンなBLOGな方がいいんじゃないかな、と思って、ほいで、mixiもBLOGも両方やろうかと思ってみたけど、やっぱ2つともというか、職場のBLOGもあるし、あれこれこういうものを書いているだけですっごく時間かかって他に何やる時間がなくなるのもバカバカしいと思ったら、必然的にmixiからフェイドアウトしてる方を選んでた。
そもそもが人付き合いがさほど好きではない私にしてみると、今までmixiっていうクローズなお友達な中に閉じこもってるのはある意味楽ではあるけれど、それでもそれさえも面倒って感じる部分もあったりして、そうなると、足跡とか何にもないこのBLOGの方がかえって楽だったりする。
勝手に「読んでるよ」って言ってもらうのも気恥ずかしいけど、なにげに面白く感じたりするし。
そういうことでmixiの日記をはずしちゃったんだけど、どうせなら外部BLOGにした後も、それまで書いてたものが生きてりゃいいのになって思うけど。そういう融通が利かないのは、なんでなんだろうね。
まぁ私的には気分一新で、このBLOGをまた書いております。

あぁそうそう。
業務連絡。
今年の夏は二輪の免許を取るのでずっと東京にいます。
じゃあ冬に二輪で帰広するのか?っていうとそういうわけでもないんですけど。
免許取るだけで、単車そのものは当分買えんし。
そもそも冬、寒いし。
次、帰広するのは、何もなければたぶん来年の夏です。

水筒男子

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最近、かようなものが流行っているらしい。
っていうか、草食系男子とか、なんとか男子ってネーミングが流行ってるだけなのかもしれないけれど。

水筒男子は、水筒を職場(もしくは学校)に持っていって、飲料代を節約する男子のことらしい。
かくいう私も水筒男子だ。しかもその歴は長い。
私が水筒男子を始めたのはアトピーが原因だ。
「水を一日2リットル飲むとアトピーに良い」って誰かに言われたのをそのまま信じて、一日2リットルってことは、外出時には最低1リットルは飲む必要はある。1リットルって言うと、ペットボトル2本なんだけど、毎日毎日外出先で2本買うのもバカバカしい。それだったら1リットル入る水筒を持っておけば節約にもなるし、どこでも飲める、と思って始めたのがそもそものきっかけだった。
もう10年近く前になるだろうか。
しかし、毎日飽きずにお茶を準備するってのも私にはできないことなので、私は無理のない範囲でということでやってる。だから必ずしも毎日持ってないし、うちの目の前で安いペットボトルのお茶が買えるので、ポイント2倍の日に買い溜めたやつを職場に持っていっていて、お茶を作り忘れた日はそれを飲んでいる。

ペットボトルを捨てないからエコにもなるらしいが、別にあんまりそれを意識したことはない。
まぁゴミが減るのはいいことだと思うが。
ただ水筒男子をやっていて、私が一番困っているのは、水筒って洗いにくいってことだ。
一応、家には筒状のものを洗えるブラシを用意しているのだが、それを使ってもなかなかきれいになってくれない。
おまけに水筒の口の部分って、意外に汚い。それを気にし出すと、なかなか大変である。

世の水筒男子はこの辺をどのように解決しているのか、気になるところだ。

あと、世の中で流行ってる水筒って、妙に小さいんだけど、あれではもの足りんと思うのだが、世の水筒男子はあんなもんでいいのだろうか?
たぶん私のようにステンレスボトルの重い1リットル用水筒を持ち歩いてる水筒男子って、何か違うんだと思う。
都議選で民主党が勝って、すでに政権交代の様相を呈しているけれど、実際まだ総選挙が行われているわけではないので、民主党にはもっと謙虚になってもらいたいと思う。
何より、鳩山代表の献金の問題なんて、明らかに虚偽の記載であって、考えようによっては前代表の小沢さんのものよりも悪質で、何よりも違法行為であるわけなのだから、ちゃんと責任とらなきゃいかんだろうがって思うのに、マスゴミはここのところこの問題には黙っていて、自民党をこき下ろすのに必死な気がする。
何がしたいのか?

こういう問題が出てくること自体、自民党も民主党も同じってことはわかりきっているのに、アメリカでオバマ大統領が「チェンジ」って訴えてるからって言って、日本でも何かしら変えようという雰囲気を醸し出すのはわかる。けれども、所詮政治とかに頼っていたって無駄なのに、ってことをわからないといけない。
っていうか、たぶん政権交代したあとに、わかるんじゃないかなぁ、と思う。民主党なんか政権担当能力はないのだから、今後混乱必至だし。

そういう中で、世の中何が変えたいってところで、閉塞感とか、正直者がバカを見るとか、若者は働けど働けど楽にならずみたいな構図が作られているんだけど、よーく考えてみると、世の中そんなに真面目に働いている人が多いだろうか?って思うのだ。
自分ところの社長を例に取ってみても、齢60を超えているが、未だ全然元気だ。まぁあちこち病気は持っているので、正直「若者に道を譲れよ」って思うことはあるけれど、翻って考えてみると、若者がそういう老人から仕事とか奪い取れないだけであって、そっちの方が情けないんじゃないかと思える。
そう、たぶんに昔はもっと人が元気で働いていたんじゃないかと思うのだ。そういう昔の人に、現代人はかなわない。
それが今は価値観の多様化だかなんだか、いろんなことができるようになってはいるけど、結局ちゃんと働いてないからこうなってんじゃないの?という気がする。
前の書き込みでいつまでも郵政社長の西川さんの話でも、いつまでもジジイがのさばるなみたいなことも書いてみたけれど、でもそうしたジジイを圧倒的できない若者の方がダメなんじゃんと思えてきた。
確かに老人は経験やらなんやらが豊富で後進を押さえ込む方法もあるのかもしれないけれど、でもそこをあえてなお乗り越えていく力を見せない限り、所詮は先人を超えられないわけで、そんな敷かれた道の上をただ走ってるだけのこっちゃ、何も変わらないし、まして「なんか悪くなっていくよね」みたいな雰囲気を変えられるわけがない。
要は、前を超えていくためには前よりももっとパワーをもって貫いていかなければいけないこと。
それをわかっていないってことなんじゃないかと思う。
それをわからずに、誰が悪い、かれが悪いとか言って、お上を頼ってなんとかしてもらおうと思ったところで何ともならんだろう、と思う。

そう、すべては自分たちの頑張りにかかっている、ということ。
官僚が天下ろうが、誰かが甘い汁吸ってようが、あんまり関係ないんじゃないの。
その分余分に税金取られてるかもしれないけれど、その分稼げばいいんだし。
まして、そういう輩から金むしりとってやるくらいにならなきゃ、ダメじゃん。
そういう気持ちというか、覚悟というか、何かを変えようってのに、他人任せ、頼ってちゃ、結局は思ったようには変わらないんだから、もっともっと努力しようって気にならないといけないんじゃないのかなぁ。

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