2011年8月アーカイブ

つぶやきでも書いたが、広島生まれで広島育ちの私としては、今日はやっぱり特別な日である。
にもかかわらず、8時15分に黙祷をしようと思っても、NHK以外のラジオやテレビでは平和祈念式典も伝えてくれないし、その時間になにもそのことに触れられてはいない。
だから、NHKが入らない地下のお店でひっそりと1人、パソコンの時間を見て、黙祷をした。

本当は、昨日見た「この世界の片隅に」の感想を書くつもりだった。
正直、ドラマにしちゃうと、あのマンガの良さはなにも伝わらないというか、ストーリーを駆け足でなぞるだけでは"実写化"という言葉もあてはまらないほどにお粗末な内容だったなぁ、と思った。
キャストも、お姉さんがハマリ役だと思ったくらいで、他は・・・だし。
でも、少しだけでも戦争のことを考えるドラマを作る意思があるテレビ局には、ちょっと救われる思いがする。

私も含め、すでに多くの人が戦争を知らない世代になって、いつまでも謝罪や償いなんておかしいだろって意見を表立って目にするようになった。たぶん、今後はそういう意見が主流として取り上げられていくのかもしれない。
でも正しい戦争なんてものがなくて、人が人を殺して、なおかつ、原爆のように大量に殺され、いつまでも苦しみや不幸が続いていくことに対しては、断固として反対というか、拒絶していかなくてはいけないと思うのだ。
今年もちゃんと火垂るの墓を流してくれるんだろうか。あの映画は悲しすぎて見れないけど。

今年は奇しくも福島の原発事故(?)もあって、核についてまたあらためて語られることが多くなった。原爆と原発は同列に話せることなのだろうか? と疑問に思わなくもないが、いずれも人災であることにかわりなく、そして、どちらもコントロールをできないまま、どこに向かっていくのか、まったく見当が つかない。
私的には本当に完全にコントロールできて、安全ならば原発ってあってもいいとは思うのだが、どうやら現状の技術ではコントロールできていないようなので、それだったらまだそこに頼ってはいけないのではないかと思う。
だから、研究はするべきだとは思うが、人の命を軽んずるような乱開発というか、できもしないのに安全を約束して、ぼんぼこ作るのは間違っていると思う。
そう、大切なのは命。
国の方針とかどうとか、考えるのなら、まずは国民の生命を守るのが第一と、それを考えて方針を決めて欲しい。
たぶん、電気がなくても食べていけるけど、放射能がダダ漏れしたら生きていけないんだから。

そう、自分たちのことは自分たちでやるから、国やら上の人はどうでもいいとも思うんだけど、少なくとも人の上の立つような人は、下々のというと変だけど、周りへの配慮として、「守るべきものは守る」という姿勢というか、覚悟はみせてほしい。
責任を取る気がないなら人の上にいるな、と思うのだが、どこの組織の上の人も、そういう姿が見られないから困ったもんだと思う、今日この頃であった。
ま、他にやる人もいないんでしょうけどね。
それに、いきつくところはやっぱ金であって、金がないとなにもできないって状況まで同じっていうのが、何か悲しいけどね。
あ、これ完全に愚痴やね(笑)